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2015/10/21

(追加編小話)☆10 マスト

 風を利用する帆船には、風を受けるために高い帆柱がある。 船が前に進むために、風は船の左右、後側から受けるようになり、その風力を支えるために、マストの上に綱を取り付け、船体の横の後側に何本も頑丈に結ぶ。 マストに登るためには、この横静索に細いロープ(ラットリン)を水平に取り付け、足をかける場所にする。 前からも風を受けることがあるので、そのための索を前のマストもしくはバウスプリット(最前端の前に突き出た部材)に取り付け、左右の後方と前方の索でマストは固定される。
 確かに、マストは頑丈になったが、船は揺れるので、マストの上での繰帆作業は危険が伴う。 マストが高いとことさら大きく揺れる。 揺れ方もピッチングで前後に、ローリングで左右に揺れ、それも不規則だからたまったもんじゃない。 今は横方向のヤード(帆桁)にステイ(手摺)、フットロープ(足綱)、バックロープ(背後綱)などがあり、これにセーフティベルト(安全帯)を掛けて作業しているが、昔はフットロープがあれば良い方で、ヤードの上を歩いて行かなければならなかったこともある。 ヤードに帆を縛り付けているロープが、文字通り最後の頼みの綱!なんて、、笑えないですね。
 さて、風を頼りにしない動力船を見ると、なぜかマストがありますよね。 何故でしょう?
 実は、夜間に遠くから、この船がどちらに向かって動いているのかを知るために、マストの灯を高く掲げているのです。 SOLAS条約で定めており、船の上甲板より上方に、船の幅以上の高さの位置に前部マスト灯を灯さなければなりません。 後部マスト灯はそれより更に2m以上上方に灯ることになっています。 この高さの差で、船の進行方向を遠くから判断するようになっています。 船のマスト(Mast)はマスト(Must)なんですねぇ。

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2015/10/18

(追加編小話)☆9 ネルソンタッチ

 二つの勢力の複数の軍艦が交戦する時、それぞれが列になって並行に進み、お互いの最大火力でもって相手に砲撃するのが普通であるが、それでは単純に火力が多いほうが断然有利で、優劣の差はなかなか逆転できない。
ところが、これを圧倒的優位に立たせた海戦がある。 その一つが、日本の対馬沖でロシアがバルト海から新鋭主力艦を編成して応援に来た強豪艦隊を、日本艦隊が打ち破った海戦である。 縦隊で来たロシア艦隊(バルチック艦隊とも言われる)をT形になるよう縦列で迎え、打ち破った戦法である(1905/5/25)。
戦艦の大砲は船橋の前と後に分かれており、90°向きを変えれば、総ての大砲が同じ方向を向く、しかし、縦列で進んできたロシア艦の艦橋前方の主砲が日本艦を狙えても、後方の副砲は狙えないし、更に後続の戦艦は前方の味方艦に視野を遮られ、ろくすっぽ撃てない。 それに対し迎え撃つ日本側は全艦が全砲列が砲撃できる。 これが大きな勝因。 日本側は水雷艇1隻の損害で、日本艦隊とそれを率いた東郷平八郎の名前は世界にとどろいた。
 その丁度百年前(1805/10/21)のこと。帆装軍艦でも似たような状況で、殆どの砲列は左右に並んでおり、船首・船尾の大砲は2~4門しかない。 ヴィルヌーヴ率いるフランス・スペイン連合艦隊をトラファルガー沖で撃破したイギリスの封鎖艦隊との海戦は有名で、お互いの縦列状態から一転、中央部にくさびを打ち込むようにして割り込んだネルソン提督率いるイギリス艦隊が勝利した。 この場合は、砲戦に備えて帆を縮帆し戦列の速度が遅かったこと、大砲の射程が短いため、割り込みが素早く行えたこと、割り込んだ後は、片側しか撃てない連合側に対してイギリス側が左右両舷の大砲が撃てたこと、等が勝因となっている。 この戦法は、採用したネルソン提督にちなんで、「ネルソンタッチ」と呼ばれている。 タッチと言っても、お尻を撫でるようなものでなく、鋭い突っ込みであった。

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2015/10/16

(追加編小話)☆8 帆装軍艦の火

 陸でも船においても、火災は非常にやっかいな出来事で、今も昔も変わらない。
昔の帆船では、燃えるものばかりで出来ているし、ロープ類の滑りや防水のため、燃えやすい油脂類をたっぷり使っている。 軍艦には更に大砲のための火薬はあるし、三国志の「赤壁の戦い」でも、焼き討ち船で曹操の水軍を全滅させたとある様に、一旦燃えだしたら、消火は非常に困難である。 消火のために水を掛けすぎると船底に水が溜まり沈む事もあるからだ。 木造船の時代には一般的な戦法であったが、史実として残っているのは意外と少ない。
木造船では火事を起こさないために、炊事場は分離し、火薬庫は火花を出さないように鉛の板で内張をしていた。 帆船同士の砲撃戦では、甲板に海水と砂を撒き、大砲のすぐ上の帆は巻き上げて、大砲の火の粉が燃え移らないようにもします。 そんな燃えやすい船ですから、大砲のない時代でも、敵船からの火矢はとても恐ろしいものであった。
大砲が出てきてからは、岬や山上の防衛要塞から、真っ赤に熱せられた砲弾を受け、燃え出すこともあった。 
砲台の位置が高く、船と違って揺れない地面で、熱した砲弾も撃てるので、断然陸上要塞の方が有利であるが、いかんせん、砲弾は完全な球形ではないし口径の隙間も大きい。 従って、命中率は神様のご加護を頼るのみである。

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2015/10/15

(追加編小話)☆7 砲撃戦

 海での戦いは数多くあり、18世紀までは帆船が主体で、武器は先込め式の大砲であった。
大砲の発射手順は、
1. 筒先から水で濡らしたスポンジを入れ、内部の燃えかすなどのゴミを拭き取る。
2. 火薬を布で包んだ装薬を根本まで突き入れる。
3. 詰め物(隙間を塞ぐ)をいれる
4. 砲弾、榴弾、鉄屑(砲弾代わり)、時には熱した砲弾を入れて押し込む。
5. 大砲の根元の穴から、装薬に穴を空け、点火薬を流し込む。
6. 大砲を前に押しだし、向きを調整して、狙う。
7. 点火薬に火をつけ発射する。
8. 大砲は、砲弾を撃ち出した反動で、後に後退する。
だいたい、この繰り返しを1分から2分で行い、撃ち合いする。 飛ばす砲弾は18ポンド(8kg)や24ポンド(11kg)が主流だったので、砲弾投げの玉よりちょっと重い玉が、空を高速でぶっ飛んで行く。 10インチほどのフレーム(肋骨材)は簡単には破壊できないものの、2~3インチの外板は簡単に打ち抜かれた。 飛び散った木片が体に刺さると、そこから壊死が始まることもあり、死に至ることもしばしばであった。 勿論壊死の場所が手や足ならば、体全体に壊死が広がるのを防ぐため切断したが、その時の骨を切るノコギリの音と負傷者の悲鳴は、砲弾より恐ろしかったそうな。

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2015/10/13

(追加編小話)☆6 下手回し

 「上手回し」の反対に「下手回し」(ウェアリング)というのもあります。 
これは、風下側に舵をとって、いくと、自然に船の後から風が来ることになり、無理に風上側に舳を向けなくても、確実に受ける風の向きを反対側に移せる操船方法です。 しかしながら、せっかく切り上がってきた風上側の位置から、船をグルリと風下側に回して円を描くように、回転させるわけですから、回転の直径の距離が一旦、風下側に落とされるので、風上に切り上がってきた距離を失いますので、普通ヨットでは行うことはまずありません。 しかし、横帆の多いシップ型の船では、操作が簡単で、人手も少なく済み、確実に回れることから、貨物を多く積載し、切り上がり性能も悪い商船では、よく使われた操船方法です。 反対にタッキングでは、横帆を一気に素早く回さないと、風を帆の裏側(前側)から受け、船の惰性を失って、失敗するため、より多くの人手を要します。 多人数の乗る軍艦なら出来る操船方法です。
帆船には、横帆の他、縦帆を備えた船もあります。 縦帆の方は、比較的素早くブームを回して帆の向きを変えられますので、タッキング向きです。 ただし、風下側に走っていて、反対側に針路を変える時(ジャイブ、要領は下手回しと同じ)、ブームが勢いよく反対舷に回りますので、よく頭を怪我する人たちが多くいます。
初めてヨットに乗る人は、特に気をつけましょう。


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2015/10/12

(追加編小話)☆5 帆船の切り上がり

 三国志に出て来る軍艦は、どうも時代背景から平底の船らしく、風上への切り上がり性能が悪いようです。 切り上がりというのは、風に向かって斜めに上がって行くことで、現代のヨットでは45°以上、風上に切り上がる性能も珍しくないですが、紀元二・三世紀の船では、それが望めそうな船型に見えない。
帆船の風雨状への切り上がりには、二つの要素がある。 一つは、直接風を受ける帆には、帆の面に対し直角方向に力が発生し、風の向きとは一致しない。 もう一つは、船は横方向よりも、前後方向への動きが滑らかなこと。 風の力は帆によって向きを変えられ、その力が、船を斜め前方向に押すので、結果的に風上に切り上がるのです。
ギリギリの角度まで切り上がって航走している時に、更に風上側に向けて舵を操作すると、帆からの推進力はなくなりますが、そのまま惰性で進行方向が風の反対側まで回ると、新しい帆の向きでまた風上側に切り上がって進むことが出来ます。 この進行方向を変える一連の動作を「上手回し」(タッキング)と言い、船の速度が上がっていない時に無理に行うと、ちょくちょく失敗します。 失敗しても風下に船が流され、速度もなくなるだけですが、風下側に暗礁とか岩などの障害物があった場合、船は沈没し、乗組員は、Oh!サンタマリア!

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(追加編小話)☆4 おもて

 船の前の方を「オモテ」と呼びます。 漢字では「舳」、「船首」という常用漢字があり、当用漢字では「舟」偏と旁に「首」を合わせた漢字も使われます。 「舳」という字は「へさき」とも発音されますが、字の通り、船の先端部を意味することが多いようです。 舳先(へさき)というのは、先端部の縦方向の部材をも意味しており、船の側面の板をこの舳のすぐ後に合わせ、水を切り込んで進めるよう頑丈にしているのです。 
反対に船の後の方を「トモ」と呼びます。 オモテはあっても裏はないですよ。 「首尾一貫した」という表現があるように、「船首」に対応して「船尾」という字があてがわれ、(せんしゅ、せんび)と音読みでも発音されます。 当然の事ながら、船尾には船の進行方向を操作する「舵」がつきます。 構造上、舵は強く出来ていませんので、後側から大きな波が来たりすると壊れることがあります。 そうなったら大変で、船は波(うねり)を横から受けるようになり、転覆することは必定です。 そういった意味においても、荒れた波では必ず船首が波にぶつかるようにして、船の損壊・手福・沈没を防ぐようにしています。
ちなみに船の中央部の一番膨らんだ部分を「船腹」と呼びますので、首、腹、尾と揃うことになります。 船には頭はないですが、人間の頭が乗っかり、「船頭」と呼ばれます。 注意して頂きたいのは、「船頭」との呼び方は、ろかい船(手こぎ)や竹竿での渡し船に使われ、大きな動力船には使いませんので、「船長」と呼んでやって下さい。 勿論、三途の川を渡る船では「船頭」さんです。 ちゃんと渡し賃の六文を払ってやって下さいネ。

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(追加編小話)☆3 ガレー船

 帆走技術が発達していなかった頃、船は主に手で漕いでいたガレー船と言われる軍艦や商船が地中海沿岸に多く存在した。 特に戦争となると、無風状態でも動き回れる船が有利で、船の先端の海面下にある衝角(しょうかく)という尖った角で、相手船の船腹に突っ込んで孔を空け、船を沈める戦法が多く取られたのである。
その櫂を漕ぐのは奴隷であり、戦争で捕虜になった者や、他の国から略奪してきた男達である。 もちろん、時には戦っている相手の船が自分の国の船であっても、戦いに負けて船を沈められると、船に足かせと鎖で繋がれた奴隷は、船と一緒に沈むことになるので、生き残るために必死で漕いだそうだ。 更には、力を入れて漕いでいるかどうかは背中から見れば筋肉の張り方で判るので、鞭も跳ぶことになる。
風のない時には威力を発揮し、追い風の時には帆を上げて帆走することもできる船であるが、一番の難点は、奴隷に配る水と食料であった。 そのため、遠方への遠征行動は困難で、次第に大砲を備えた帆走船に取って代わられることになる。 
それでも第一次世界大戦の時まで衝角は多くの軍艦に備え付けられ、敵船に突っ込む戦法が残った。 現在、似たような構造が多くの船に見受けられるが、これはバルバスバウ(泡の形)といって丸く、船の先端での造波抵抗を減らし、速度を上げるためのものである。
世の中丸くなってきていますネ。

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(追加編小話)☆2 奴隷船

 一般的に「奴隷船」というと、アメリカ等の新興地に、労働力として売るために、アフリカ大陸から、誘拐、略奪してきた黒色人種の人々を、運んだ船である。 資料によれば、長さ30m幅10mの船に500人ほどを積み込んだ図面も残っており、高さ50cmの床に鉄の足かせを嵌められ、チェーンで数珠繋ぎで寝かされていたようである。 昼間には食事とかあったが、夜や、天気が荒れた時などは継ぎっ放し、もちろん、トイレなどは行けないから、たれ流しである。 そのままでは、さすがに臭うので、毎日海水で洗い流していた。 
こういう環境だから、疫病が発生しやすく、揚地に付くまでに多くの人が亡くなった。 また、敵対する部族を一緒に載せた時などは、もちろん区別が付く訳でもなく、奴隷同士で殺し合いが始まったりした。 長い航海で生き残ったとしても、惨めな奴隷生活が彼らを待っているので、どちらにしても、希望はなかっただろう。
これらの船に乗り組む船員は十数名であり、そこそこ良い給料だったらしいから、往復の航海に3ヶ月かかるとして、売り上げの20%が船員の給料だとすれば、、、約百人÷3ヶ月÷船員数で、おぞましく不吉な数字が現れてくる。
こういう経済学は聞きたくなかったでしょうが、現実の話である。 現代の日本に生まれて本当に良かったと思う。

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(追加編小話)☆1 船

 船の歴史からすると、原始時代の丸木船から始まって、ろかい船(人力で漕ぐ)、帆船、動力船と進み、動力で動かせるようになってまだ200年(1807)しか経っていないんですね。 飛行機はと言うと、ライト兄弟が飛んで100年(1903)ちょっと、ガガーリンが宇宙へ飛び出して50年(1961)ちょっと、技術の進歩はめまぐるしいですね。 
 英語で船のことを普通は「Ship」または小さい船をさして「Boat」と綴りますが、{Vessel」とも綴ることをご存じでしょうか? 「血管」とか「容器」という意味ですが、最近はあまり使われていないようです。 今でも契約書の中には船名の前に「M/V(商業船)」と、冠詞のように使われています。 大量の貨物を運ぶから、ベッセルと言われるようになったのでしょう、元々はドイツ語?辺りから出ているようです。 さて、ではベッセルは男性名詞?女性名詞?それとも中性名詞でしょうか? 答えは、、女性名詞。 船に乗るのは男ばっかりだからだって、という超俗説ですが、ネ。

暫くは、船の話をおつきあい下さい。
え、山の話が聞きたい? そんな、無理なことを、、では、
うちの山の神であるが、昔は心の中で Magic Mountain ではないかと思っていた。 誰も頂までたどり着けなかったから、、、あ、違った、山の話じゃなかった。 そのうちに、、、

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