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2014/04/13

昔話 97 ビタミン不足

ニューヨークを出て、2・3日もすると、ニューヨークの喧噪を忘れ、二百年祭参加の達成感もあって、次第に練習生モードに戻っていく。
帆船に乗って3ヶ月も過ぎると当直や大抵の作業もそつなくこなし、毎日の天測にも慣れてきた。 こういった時期が一番危険をはらんでいて、事故が起こりやすいとよく言われる。
まさに今、魔のトライアングルといわれるバーミューダ海域にさしかかろうとしているのだ。

しかし、何も起こらない。ただただ西風を横から受けて走るだけ。 とすると楽しみは一つだけ、食事である。
練習船の食事はワッチ(当直)があるので、そのワッチの交代前後に出される。 朝は7時~8時半で、11時半~12時半、17時~18時半と続く。 更に航海中は20時過ぎに軽い夜食が用意される。
ニューヨークまでは、細々とでていた冷凍食品が、どっと出てくる。 新しく冷凍食をがっぽり仕入れて冷凍庫が満杯になったせいだろうが、古い冷凍食はさっさと出して消費してしまえとばかりに並ぶ。
結構ボリュームのある食事が毎回である。 私が感じているだけかも知れないが、味も微妙にコッテリとしていて、いかにも古い冷凍品の味を誤魔化そうとしているように思える。

野菜も新鮮なものがテーブルに並び、暫くはビタミンC不足は考えなくてすむ。 が、1週間もすると、生野菜の量はがくっと少なくなり、代わりに出て来るのがトマトジュースである。
ニューヨークまでの往路でも毎日のようにテーブルに並んでいたが、どうにもこのトマトジュースは戴けない。
トマト本来の味は、あの完熟した生のトマトを冷やしてかぶりついたあの味だ。 ところがジュースになってみると、そのような味ではない。 塩気も強く、ドロドロッとした舌触りはどうにもこうにもならない。
トマトは食えるが、ジュースは飲めない。 だから、往路では毎回 他の人に私の分をあげていた。
復路もまた人にあげることになると思うと、貧乏人の私には非常に辛い。

ニューヨークへ着く前に決意した一つの事が、このジュースの克服。
体が拒絶反応を示しているわけではないので、食感だけの問題。 昼にでたトマトジュースをよるまで残しておき、鼻をつまんで飲む。そして、すぐビールで口を洗う。
これを何日か繰り返したら、ビールを使わずとも飲めるようになった。でも後味がすっきりしない。 そこで飲むタイミングを食前にした。
これならいけるというレベルになった。これでビタミン不足の心配はないネ。 正直ホッとする。
やはり物事をなすには、訓練と気力が必要ですネ。 せっかくのトレーニングシップ Training Ship こんな訓練も含まれているんですかね?

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