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2014/03/23

女川復幸祭ボランティア

15日の深夜23:15に出発した小型バスには、仲間総勢9名が乗り込み、一路北を目指した。
軽快なアクセルとは裏腹に、皆さんのまぶたは重くて、でも熟睡もできない状態。まるでB級寝台車の車内で、ただ目を閉じているだけであった。 それでも2回の休憩を挟んで到着した石巻には朝5時で、しっかり朝食を戴きました。

6時過ぎに女川のコンビニにバスを止め、ここで1時間ちょっとの貴重な仮眠をとり、8時前には会場へ向かった。

女川復幸祭の会場となる女川中学校は、女川湾を臨む小高い丘の上で、津波から逃れられた場所にあった。 ここからは湾が一望でき、太平洋も間近に迫って見える。
我々が中学に着いた時には、各テントは張られて設営準備が整っていた。 ボランティアでは「サンマ焼き隊」なので、見回すと右手のフェンス際に道路のU字側溝に使うコンクリートが20mほど並べられている。 炭が積まれ、一部には既に火を熾(おこ)した炭が入っている。 まだ、完全には炭に火がついていないので、 我々も、段ボールの切れ端で扇いで火熾しに参加した。

9時過ぎに主催者の号令がかかり、各地から集まったボランティア50人ほどが集合。まー3、とのさんもこの時点で合流。
主催者曰く、安全に注意してサンマを焼いて欲しい。 肝心なことは、「サンマは心で焼くのであって、炭はただその手段である」との名言? この言葉で、皆さんの心が和んだネ。ほんと熱いわ。

焼き作業はA班B班分かれて、1時間交替制で行う。 スタートは10時。 そうこうしているうち、現地漁師の人達が顔を出しました。
火の熾きた炭をならし、U字側溝の上に金網をおいて、さあ焼き方開始である。
片側にしっかり編み目の焦げをつけて、トングでひっくり返す。 焦げ目が付き具合は金網をめくって確認。焼けたかどうかは、腸をちょいと押して、火の通り具合を見る。 焼けたサンマは、トングで紙皿に移してお客さんに配るという単純な作業だが、熱い、そして煙い。257


焼きのコツは昔からの格言通り、「餅は貧乏人に、魚は金持ちに焼かせろ」で、サンマをあまりいじらないように、じっくり片側ずつを焼く。 貧乏人の私にはどうしても、焼けたかどうかひっくり返して確認したくなる。 金網の上の この子は焼けたか、その子はまだかいな?とワイワイ騒ぎながら焼くのも楽しいもので、一時間の持ち時間はすぐ過ぎる。

さて時刻は11時、即、行列に並んで、サンマの試食に回った。 お上品に身と骨を分けてから、お召し上がりになるのも良し、がさつにかぶりつくのも良し、熱い心で焼いたサンマは美味しい。 「サンマは女川に限る!(目黒でも)」のだ。248


2回目の焼き方当番が終わってすぐ、体育館へ急ぐ。"純子!"とかけ声をかけるほどではないが、好きな歌手だった八神純子のステージを聴くためである。30数年前の♪想い出は美しすぎて♪ うっとりとした時間も戴いて、このおじさんは大満足。264

ステージも終わり、B班の焼き当番が終わる寸前に、突然の♪水色の雨♪ サンマ焼きは大慌てで、金網・テントなどの移動させる。

当番も終わったので、2時10分には、皆さんバスに戻って、ぬれた服や髪を拭き、サンマ焼きのボランティアは撤収させて頂きました。
お腹も空いたことなので、「おかせい」へ直行、待ちに待った昼食です。
「おかせい」は、そんな大きな店でないので、席が空くまで待つことになりましたが、ホヤ未経験者の為に、内海さんが店の包丁借りてホヤを捌いていただき、試食で皆さん美味しさを実感か? 私もホヤは嫌いではないが、家ではゲテモノ扱い、ホヤの入口と出口の区別をよく忘れてしまうので、なかなか買うことのない食材。お酒にはよく合う肴なのだが、、

やっと席について、各自注文したものを前に撮影会、雲丹いくら丼の大盛り、並、ミニの見比べも楽しかったが、やはり食べてその味に皆さん大満足。 私は女川丼で大盛り(ご飯のみ)にしなかったのが悔やまれた。 具の方が断然多くて、ご飯とのペースが全然あわなかったのだ。
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帰りの時間も心配になったが、まだ3時、雨もあがってきた(きっと八神純子が雨女だったのか?)。 ここからは、ぽりんきぃさん、内海さんたちと別れ、石巻の復興マルシェへ向かう。 石巻でおみやげ等のお買い物をすませても4時、後は帰るだけか。

ドライバーの運転は早く帰るために、途中、那須高原でのトイレと給油のみ、急げと言われて何も買わずに戻ったら、なんとアイスを食べている御仁がいる!う、う、う、
そして、川口まであと僅か、休憩なしでいけば9時には到着かと思っていたら、なんとなんと羽生PA手前で減速、左車線に入ったではないか! 私自身は終電も気になるが、羽生はもっと気になる所。
ここは、昨年も立ち寄ったが工事中だったPA。 今は、江戸の雰囲気を出すための改装を行い、鬼平犯科帳をモチーフにした造りになっている。
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わざと古びた感じを出すためにいろいろと工夫もしている。 勿論店員も江戸風の姿、うどんの店で、たった一人白い厨房着を着ていた人がいたが、あれは興冷めでしたね。でも、江戸風景のコンセプトは良いアイデアと思う。またここに立ち寄りたくなります。
ここで、一本うどんやら、アサリカレーやらの遅い晩ご飯を戴いた。 流石に女川丼に勝てるご飯はないと思いましたね。
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戸田公園駅に着いたのが、21時50分、Oh!Oh!感謝、感謝 =^_^=  関東の端っこの住人でも午前様にならずに帰れる時間です。
赤羽でビールを買って湘南行きの電車に乗ってふと思った。 なんて素敵で有意義な24時間だったろう?
充実した一日を過ごせて呑むビール、、、最高やね (#^_^#)v

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2014/03/09

ペナンへの小旅行 その4(最終)

ソファの上だったが、目覚ましの音が鳴るまでぐっすり寝られた。 ただ、起き出したのは4時半! なんてこった、寝ぼけて、携帯の目覚ましを東京時間でセットしたから、現地時間と逆にしてしまった。 大体グローバル対応の携帯のくせして、目覚ましの方は修正してくれないから、間違えたじゃないかと、愚痴をこぼすが、それよりももう一時間寝よう。
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朝食は、前日のメニューに加えて、ジャガイモが卵焼きに入り、オニオンサラダが付いて少し豪勢。
今回現地での手伝いをして頂いたH川さんと一緒に、予定していた8時半に宿を出た。そこからバスに乗るのだが、バス停に着く前に2台のバス通過を見送り、その後20分以上バスが来なくて、気が焦る。 バスに乗っても立ち席で、例の荒い運転だから、結構しんどい思いをした。 H川さんは途中で降りると言うことだが、バス停が判らない。案内のアナウンスもないところから、GPS機能のスマホのマップで、目的地に近づくのを睨めっこ。 まあまあ近づいたところでバスを降りたが、それまで会話していたので、一人では辛いところがそこそこのバス旅になりました。
そのあとすぐ座れて、 Komtar に着いたら、何と9時半、慌てて、空港行きのバスを捜し、5番のバス停から401Eと言う路線に乗りました。 Eが突いているのはこの路線だけだから、きっと急行なんだろうな?と思ったが、10時25分のチェックインに間に合うかどうかヒヤヒヤものだった。

チェックインカウンターで、手続きを済ませ、空港レストランへ直行、到着時に見た
Mew_sup

Meu Sup を
食べたくてしょうがなかった。 そして保安検査を抜けて、先にトイレを済ましてから、搭乗すべく搭乗口に行くと、ガランとしている。 グランドアシスタントが、"Mr. Sam?" と声を掛けられた時にはビックリ、
急いで下さいと言われ、階段を下りて、飛行機へ乗り込む。 出発の定刻の5分前だった。 のんびりSupすすっている時間はなかったわけだ。 しかし、食べたいものは何とかして食べるのが、食い意地の張った私のこと。 ここは、我慢してね。 ただし、これからは飛行機の時間は余裕を持って乗り込みますョ。

さて座った席は、通路側だったが、窓側は白人夫婦と1歳くらいの女の子、シートベルトどうするのかな?と思ったら、シートベルトに付ける追加の赤ちゃん用ベルトがあるんですね。 一つ賢くなった。
トランジットのクアラルンプールに到着して、ここで2時間ほどあるので、ゆったりと食事をした。
Prawn

メニューはチキンライスとエビそば(Prawn Mee)
であるが、具とスープは美味しかったけれど、やはり麺は今一パッとしませんネ。
ここで、困ったことが出来た。 おみやげを空港でと思っていたが、なかなか良い物が見つからない。 産地が何処で作られたか判らないが、とりあえず、アルファベットのいっぱい付いたお菓子を買った。どんな味なんだろう?
本当は紅茶辺りが良いかなと思っていたが、それがないのでしょうがないですね。
Pie

クアラルンプールからは、定刻より10分ほど早く離陸、羽田到着が2230予定だったが、着陸が22時丁度でした。 到着から、税関を抜けるまで、半分駆け足状態。 携帯の電源蓋を操作しながら歩いていたので、ゴンと動く歩道脇のポールに衝突。 それでも、携帯の操作を止めず、入国管理所間際でやっと家に到着メールを送信できた。 レンタルの電話も、慣れないとややこしい。

出発ロビーでレンタルを返したら、22時25分。 当然のごとくコンビニにビールを買いに行った。出発ロビーからは帰りの横浜行きバス停が判りづらい。 突いたら、22時30分発丁度出たあと。 寒い、日本は寒い。 そしてビールを飲んでもっと寒い。 吹きっ曝しのバス停で待つ20分、特に日本が寒いと感じました。
でも、日本に帰るとほんと 心がホッと落ち着く。 神経の張りつめ状態がなくなるって素晴らしいことです。

今回のペナンで一つ気がついたこと。 旅先ではマンホールの写真を撮っていますので、今回もとれることを期待しました。しかし、マレーシアでマンホールは見つからない。電柱も見つけられなかった。
電力は地下配線で、風景は綺麗。 でも、ゴミはアルミも紙もプラスティックも一緒くたで、マンホールがないと言うことは、、総て燃やすか埋め立てだが、埋め立ててはいないと思うな。 下水の方は、多分そのまま垂れ流しだろう。 だから、道路の側溝がやたらと大きい。それがそのまま海に繋がっている。 海へ注ぎ込む水路は緑の藻がべったりと付いている。だから、誰も海で泳がないんだ。 泳いでいる人は一度も見かけていない。

海の潮汐は月と太陽に海水が引っ張られて出来る。 海流も赤道付近は東から西へ流れる。 従って、マレーシアの東南端、シンガポール辺りで出た汚水があるとすれば、マラッカ海峡を北西に上がってペナンを通る。 それだけでも泳ぐ気にならないわけだ。
私は綺麗な川、海を守りたいとペナンに来て思いました。

P.S. ここのトイレはどんな使い方をしているのだろう? 様式でも温水便座はなかった。 でも横には水のホースがあった。 ひょっとしてこのホースで、お尻を洗う? 、、そんな使い方でも良いかも??
Toilet

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ペナンへの小旅行 その3

3月1日9時に起きたのはよいが、食い物は冷蔵庫の中に、大量の卵とミネラルウォーター、牛乳、冷凍庫には鶏肉ソーセージと食パンがこれまた、大量にあった。 しかし野菜はなく、使えるのは塩、胡椒と各種スパイス、味の素であった。焼き肉のタレなんてのもあったが、私が欲しい味噌、醤油は見つからない。
腹が減った。食パンとコーヒーだけでは嫌だなと思っていたら、プロパンガスも切れた! 幸いお隣の主催者の一人からガスボンベを都合して貰い、事なきを得たが、もう少しでパンとコーヒーだけの惨めな食事になるところだった。 それでも、スクランブルエッグとソーセージだけの朝食はちと淋しい。 卵スープも付いたが、塩味だけじゃどうしようもないでしょうが? で、焼き肉のタレを数滴たらしてやった。 奇妙だがいける。
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あとはトースターでパンを焼き、ポットで沸かしたお湯でコーヒーを飲むが、時差ボケの正かみんなやる気なしの状態。

パレードの衣装を抱えたままでは、なかなか、観光地巡りとは行かないので、動き出したのは昼過ぎ、太陽は天高く登っている。 遅い昼食をパレード衣装の荷物抱えたままでは大変だから、Batu-Ferringhi へ行って、ホテルでゆったりしよう。 昨日とは別のすぐ隣のホテル(Rasa Sayang Resort & SPA) に入る。 この時点では、タクシーで先着している女性陣とはぐれていたが、Tさんが外で食べようと、中庭を希望してテーブルに着いたら、女性陣も同じところでテーブルについていた。
座って料理をオーダーすると、中華で時々お目にかかる煎餅のようなものが出てきた。 お通しかな?で、 ペナン・ホッキン・チャーと言う焼きそば?みたいな料理を注文。 勿論ビールも。支払いは、記録に残すためにカード払いにしたが、16%の税金を載せても1800円だから、現地の人には高いが、日本のレストランだと考えれば、そんな金額ぐらいか?
OtooshiChar

カード払いでもたついている間に、また、女性陣は先発、我々もバス(2.7RM)で出かける。 まずは Komtar へ。
ここの2Fで、初日のチェックリストに書いておきながら、詰め込まなかった着替えを買おうとする。 私にはなかなか見つけられなかったパンツをTさんが見つけてくれた。 OK! 何と3枚で10RMだから、1枚100円のパンツ。 なかなかどうして、しっかりした出来映えである。 Lのシールがついたサイズを買った。(ただ、夜シャワーを浴びて穿いてみると、何故かLサイズなのにキツイ! まるでSMサイズだ。ハハハ、 一応は納まったので、笑って誤魔化そう。サイズは当てにならない?)
それはさておき、そこからは時間がないので、タウンホールまでタクシー(12RM)で行く。
降りたらすぐ、こちらが日本人だと判ると大勢の子供達に囲まれた。 子供達は日本語勉強のクラブで学んでいるため、日本の名前、フリガナ、読み方をサインしてくれないかと言う。ああ良いよと言ったら、30人ほど、名前を書く羽目になった。
その後は、シンガポールから来た仲間のムハマンドさん5人と握手。 彼らが来てくれなければ、パレードの楽器隊が成り立たなかったので、非常に感謝している。 ただ当然ながら、名前を覚えきらない。
音合わせのリハーサルまで時間があったので、ちょいと近くのコーンウォリス砦を見学、、入ってすぐ判ったのは、ここが函館の五稜郭と同じ五角形の形状をしていること。 資料によれば、日本軍が戦争の時、シンガポールを陥落させ、親英国派の人達は日本軍が来る前に多くが逃げ出していたので、英国からほぼ無抵抗で占拠したと書かれている(その前に英国クダ王国と戦争をしてこの島を奪ったとは書かれていないか、見つからなかった)。 そのため、砦には傷跡もなく、綺麗な形状を保っている。
Fort_cwFort_out

Standby
リハーサルでは、みんなの音の出し方が違うので、とまどいを覚える。 勿論シンガポールの人達は、私たちの練習にも来ていない。バンコックのMさんもそうだ。 とりあえず、キメを合わせ、暫くバッカーダの練習をする。 廻りには物珍しさに大勢の人達が来ている。 ちゃっかり、我々を背景にスナップ写真を撮ったりしている。
リハ後は、テントで売っている地元のけったいな?料理をつまんでみる。 日本人の舌に合う味とは言えないが、甘み成分が多いのが特徴的で、暫く喰い道楽を楽しむ。
19時にスタート地点に集合スタンバイ。
Townhall
タウンホールと
公園の南側4車線の道をふさぎ、中央2車線を使ってのパレードであるが、長さ360mとちと短い。 ここを16分で歩く。 他の参加チームは自分たちの音源(PA、バテリア等)がなく、スタート地点に置かれた大音響スピーカーの音が頼り。 だから、パフォーマンスはスタート地点を最重要視し、他はザッと流すだけだから、観客もスタート地点に集中する。
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さて、我々の出番が始まった。 小気味よいヘピニキのBOSSAから始まり、バッカーダに移って、ダンサーが踊り始めると、廻りではフラッシュがバチバチ! よほどサンバが新鮮なんでしょうね。 元々たいした隊列ではないが、左右の観客にアピール、楽しく叩いて回りました。 100mも進むと、人が少なくなるので、バシスタ一緒にツーショットに納まろうという人達が出てきて、、サービスサービス。 パレード終点では、警備の人達ともツーショット撮らせてる。

帰りは公園を北に回って、本部前で100mほどを最後のパレード。 廻りも暗くなってきたので、熱も入ったが、交通規制していないので、2台ほどバイクが横を抜けていった。
パレードが終わり、出口でフラッシュが光った。 こんな私でも被写体になるのか?と思ったネ。 でも、楽しいパレードでした。

パレード後の時間後利用して、夜の George Town をぶらつく、すると、イスラム系のお店ばかりが目立つ界隈に出た。 ちょっと怖い雰囲気を楽しみながらお店を覗いていく。 多くがイスラムのハラール食材を扱うお店、味噌醤油がないか聞いてみたが、やはり無いという。 野菜は葉物が見つからない。 玉葱は紫色した物ばかりで、小さな玉葱3個と大きなジャガイモを2個買った。 今夜の戦利品はこれだけ、、。

シンガポールから来たイスラムの5人とは食事が違うので、SWを含めた日本語を話せる人達で食事に出る。 パレード前にだいぶ食べたので、ここでは無難にシーフードスパゲッティとビールにしておく。
Seafoods

一時間半ほどの食事後、タクシーに乗って宿に着いたら、既に23時半。 それから、またビールを飲みながら、皆でパゴージだ。 シンガポールの人達はかなり陽気で、楽しい。 が、歳のせいか、疲れたので、早めに寝ることにした。 4時ぐらいまで、皆さん騒いでいたんじゃないかな? 好きだね~。

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2014/03/07

ペナンへの小旅行 その2

1時間の時差はあるが、時刻は日本の12時(現地時間11時)なので、軽く食事をとることにした。勿論私は地元の料理を心待ちにしていたので、ナシゴレンボンベイNasigore
(Nasi goreng Bombay)を戴くことにする。他の3人は、え?マクド? ここまで来て? 紅茶を頼んだが、ここではミルクと砂糖は必ず入ってくるので、要注意。 ミルク抜きといったが、たっぷりと砂糖は入ってきた。 あま~ >o<

空港からは直接宿に向かうが、電車はないのでバスを利用する。 102番のバスが直行するというのでバス待ち。時刻表はないので、いつ来るかは判らない。
日頃の心がけがよいのか、10分ほどでバスが到着。運転手が休憩しているので、Eさんがバス代がいくらになるか聞きに行った。4RMだそうだ約120円。Eさんからバス利用の注意を教えてくれた。
乗る時に行き先を告げれば、料金分のチケットを切ってくれ、料金箱にお金を入れる。ただし、お釣りはない! お札のお釣りは出すようだが、それも確約できない。小銭必携である。 実際、後日利用した時、2.7RMに5RM出したが、No change と言われ、アゴをしゃくられて終わりだった。ハハハ
Ticket

空港から1時間以上バスに揺られても、4RMは安いと思うのだが、ペナン島はまっすぐの道が少なく、200mも走ると大きくカーブすることが多々あり、それを70km/hで飛ばすのであるから、車内はジェットコースター。そしてヘルメットのように堅い座席。 たまにスピード減速のためのアスファルトの盛り上げで減速するが、信号も少ないので、運転手のわがまま状態である。
バスに乗る時は、釣り銭なし、アナウンスなし、お愛想なしのジェットコースター。 お覚悟くだされ!

今回の宿は、行事関係者の計らいで、P国大使の私邸を使わせて頂くことになった。 呼び方はバンガローであるが、なかなかどうして四階建ての一軒家、エレベーターと各階の寝室、シャワー、ジャグジープールまで付いたコンドミニアムといった方があっている。 それに、この一角の入り口にはゲートがあり、ガードマンが数名常駐しているといった、超ど高級メゾンである。
Gate128

ただし、近くにはスーパーがなく、1km以上離れた Batu-heringhi まで買い出しに出なければならない。歩けば20分、バスで1.2RM、タクシーで15RMかかる。
女性陣は大きなスーツケースを引きずってきて動けないというので、男性陣が買い出しにでる。 セブンイレブンがあり、そこで、つまみとビールを何本か購入、帰りはタクシーと考えていたので、ちょっと寄り道して、海岸の大きなホテルに立ち寄った。 そこにはプールがあり、周りにテーブルとかがあって、凄いゴージャスな感じの中庭であった。見渡しても、黄色系人種は私たちだけ、散歩したら、パラセールやらないかと、日本語で誘いがくる。商売人たちだなぁ。
ホテルでお茶するといっても、外は猛暑、私の飲み物は AKB48ならぬAK47というカクテル。 ラムやらウィスキーやら強い酒の入った美味しいドリンクでした。
Ak47

タクシー(先に値段交渉する)で帰って、やっと全員で乾杯。しばらく旅の疲れをほぐす。

一息ついたら、皆で町に繰り出す。パレードのリハーサルは21時、それまで町をぶらついて食事をしよう、と言うことでバスに乗る。総てのバスはKomtarに通ず、という言葉が当てはまるように、George Town の一角にある一番高いビルに向かう。ここの一階部分はバスセンターで2~4階がショッピングセンター、その上が八角形?のノッポビル、65階もあって、ペナン1の高さ。 どういう建設コンセプトだろうか?
通りをぶらつき、お店を覗いたりして、お腹が空いてきたので、紅園(RedGarden)という日本で言えば屋台村の様なところに入る。 強いお酒はないが、ビールはあり、料理も美味しい。意外とカエルの肉が良かった。
Redg

食後、タウンホールに向かって10分ほど歩く。ライトアップされているビルが綺麗だし、歩いていても空気が乾いているせいか、爽やかな暑さで、夕涼みと言った感じ。ペナンは東経100゚辺りなので、日没は春分の日でも夜7時20分(現地時間)。夜9時と言っても宵の口の気分。
Yoru1Yoru2Yoru3

タウンホールでは、主催者が待っていてくれて、ホールを案内してくれる。 え、ここ世界遺産の建物なの? ちょっとビックリした。 資料によれば、その昔東インド会社の建物だったそうだ。
そして、パレードコースを下見して、ホールに戻ると、遅れてきたSWの巨体が目に入った。 確か香港で仕事していると聞いているので、久しぶりの再会である。 そして、地元の人の車にで送ってもらったJも合流。遅れてきた人達は食事に出て、我々は買い物をして帰ることになった。
これまた、セブンイレブンに入ると、カウンターの後は世界各地の度数の強いアルコールがぎっしり!イスラムの国でも、流石観光地! ワインを追加で購入して、宿へはタクシーで帰る。守衛に挨拶するとゲートが開き、家まで乗り付ける。 運転手は、ここへは来たことがないようで、どぎまぎしているように見えた。 距離は10㎞以上、バスで 2.7RM、タクシー(Teksi)で 45RM 安い!。値段は日本の5分の一くらいか?

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2014/03/05

ペナンへの小旅行 その1

2月27日、21時に間の待ち合わせに遅れないよう、19時に家を出る。
少し焦っていたので、持ち物チェックリストを最終重要項目のみ行った。 ①パスポート、②搭乗券、③お金、④楽器(アゴゴ)、⑤衣装(上衣、白ズボン、白靴)である。
持ち物リストをすべてチェックしなかったので、着替えをまとめた袋が抜けているのに気が付かなかった(気が付いたのはずっと後のこと)。
そのことで、十分に旅行が楽しめなかった様な気もするが、たいした事ではなくても、チェックリストを疎かにしないことを反省した。

20時45分に羽田到着、3年前に家内と来た時とは随分様相が違う。大きく、広く高くなっている。
ついて早々に、AUのカウンターで携帯のレンタルサービスを受ける。
航空会社のチェックインカウンターはものすごい長蛇の列で、その近くの待ち合わせ場所は、座席も埋まっていて、誰も来ていないようなので、30分以上、ウロウロと回っていた。21時40分になって、ようやくチェックインカウンターにいる連れ3名を発見。
私も比較的に空いてきた列に並んでチェックインする。
HanedaHaneda2


搭乗までは、まだ時間があるので、皆でイタ飯屋に入り、早くも前祝いの( ^_^)/▼☆▼\(^。^ ) チン♪乾杯。これからしばらく一緒ではあるが、座席は一列ずつずれた場所だったので、飛行中のおしゃべりは無理、その分ここで帰省を上げて、飛行中にぐっすり寝れることを願った。

定刻の23時45分に飛び立ったAirAsiaは、ターボジェットエンジンの音が結構うるさい。それに、夜食を出してきて、それが終わるまで消灯がなかったものだから、せっかくのビール効果は消えて寝るタイミング無し。私も1食頼んでいたが、起きてからの物だと思っていたので、”そんなもん朝にし~や”言うたわ(本当は関東弁で)。
消灯後3時間して(JST45:30頃=)現地時間05:30頃まで、目はつぶっていたが、頭は覚醒中状態でもうろうして目を開ける(まだもうろくはしてないョ)。
程なく、予約以外の朝の注文をとり、機内食を持ってきた。 私のはグリーンカレー。ご飯はちょっと長粒米のパサパサ、カレーそのものは美味しかったけど、あれは朝の起き抜けに食う物じゃないと思うな。
Foodair
ゲゲッ、隣のあんちゃんは、夜中に食って、また食ってる。凄いわ!

クアラルンプールに着いたのは06時過ぎ、辺りはまだまだ暗く、熱気がムンと襲ってきた。暑いわ!バテリアシャツ1枚になっていたが、暑い。
タラップ降りて、リムジンバスが来ていない!ここを歩けと言うのか? 日本のバス送迎サービスがあるのは当たり前じゃないことを実感したわぃ。
到着口から広いホールにはいるが、薄暗い。その広いホールで入国審査を受けるのだが、何故か男は両手の人差し指の指紋を採られ、美人二人はノーチェック。男女差別? ま、イスラムの国では男女差別があって当たり前の話だが。

Kul
出口から空港のロビーに出ると、朝の6時半(現地時間)なのに凄い人混みと活気。
何をするにしても通貨は必要なので、まずは銀行を探してお金を換金する。1RM(リンギット)=31.8円と思っていたので、5千円が146.5RMにしかならなかった。銀行でも1RM≒34円だから、街中の両替商の方が良い。
さて、乗り換えにはまだ時間があるので、お茶しよう!と辺りを見回すと、マクドナルドとケンタッキーが目につく。異国へ来てマクドでもなかろうにと思ったので、なにやらお粥の様な物が目についたので、オーダーしたら、売り切れと言う、残念。
普通にコーヒーを飲んで、外に出たら
Fruits


スタンドにやたら太いサトウキビがあって、これだ!と地元のサトウキビ飲み物をオーダーした。 う、甘過ぎ!失敗もあるわな。

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