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2013/04/30

昔話 85 バルボア

6月5日朝、行く手には小高い三角の丘が見えてきた。 Enko410


あれはパナマの西にある丘、、、やっと着いた!
夢にまで見たパナマ地峡、その太平洋側の港、バルボア港に着いた。
位置的には、パナマ市の西側に当たり、運河の南側になる。 疑問に思うだろうが、パナマ地峡はこの辺りでは東西に地面が連なっているので、運河は東西ではなく、南北に走っているのです。 その入り口を東西に走るパナメリカ自動車道のアメリカス橋がかかっていて、その下をくぐった。 午後にでも運河通行か?と思っていたら、順番待ちで、運河通行は明日の朝だという。 そのため、これから一晩バルボア港で停泊するという。
まもなく、バルボアの岸壁に着桟した。 パナマ市からの表敬訪問があり、午後はバスに乗って観光するという。 ひょっとして、表敬訪問のために順番は一日待ちなのか?
そんな疑問も浮かびそうだが、行けるところは何処でも行こう! と言う気持ちで、バスに揺られた。 パナマ市を抜けて自然公園に行き、中南米の動植物を見て、ここは熱帯なのだなと妙に関心した。 その後、パナマビエホ(Panama Viejo)公園に廻り、何か昔の廃墟ではないのか?と思ったら、3~4百年ほど前に砲台のあった「クリスマス砦」と説明を受けた。Enko0415

その頃読んでいた本が英国の帆船戦争ものだったので、俄然興味が湧いたが、考えてみれば、パナマの太平洋側は南米の金銀財宝の集積地。 ただし、この辺りはスペインの完全支配地なので、難所のケープホーンを回って、ここまで財宝を奪いに来る海賊もいやしない。 普通は、大西洋側から財宝が積み出される時を狙う。 当然ながら、ここでの戦いの記録もない。 それでも「世界遺産」としてこの近辺の数々の修道院を含む遺跡が登録されている。景色は素晴らしいものがある。
見るところもあまり無く、バスは早々に帰船し、皆、早めの夕食を船でとった。
その後は、22時まで上陸が許可されることとなったので、スペイン語を習っている奴から、即席のスペイン語講座を受ける。 ただし、ウノ・ドス・トレス.....数字だけだが、十分役に立つ。
皆が繰り出すのは、港近くの酒場。 そこのカウンターで飲んでいると、若い女性が近づいてくる。 スペイン語会話だが、身振り手振りと先ほどの数字で、何人かは交渉成立して、二人で店を出て行く。30~40分で戻ってくるのだが、皆、満足げな顔である。 ここで長旅の孤独をしっかり癒しているということ。 相場は$15~$20というから、、、、世界の女性をお金で判断してはいけないのは重々承知しているが、安いんだろうな。
男ばかり何ヶ月も顔を突き合わせていれば、こういうことも必要か?

後味の悪い話になっちゃいました。m(_ _)m

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2013/04/27

GW前の平日休み

昨日は創立記念日でした。
ま、それでも現場があるので、会社に出た。
どっちみち安い年俸制だから、こんな日は中途半端な仕事で、半日は遊び。
その午後、錦糸町まで出た。 ある書類手続きのため。

4階のその事務所は、広い割には3人の事務員がいて、結構暇そうに見える。
書類を出して、計算して貰うと、「え?こんなに貰えるの?」
ちょっととまどってしまった。
確かに随分長い間働いていたが、せいぜい1万円/月ぐらいに思っていたので、びっくり。
そう、ここは、「○○○厚生年金基金」

こんな広い事務所に数人しかいないのであれば、街中に勿体ないスペース。
家賃だけで大変だから、払えるものは少ないだろうにと思った。

こんなに貰えるのならと、、、その足で、映画を見に行った。
「アイアンマン3」000031788

免許証を出して、初めてシニアでの鑑賞。
1000円
高い平日の映画を奮発したつもりも、あまり金額がかからなかった。

平日昼間の映画でも、結構人がいたな。
みんなシニア?

う〜〜ん
それともそこら中の会社でお休み?

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2013/04/15

肉!肉!肉....

土曜日のこと
舎人公園では牡丹桜が咲き、ピーカンの空420
サンバチーム、アレグリアの派手なBBQがあった。
何人いるんだろう?
100人は居なかったとは思うが、、

4170416

11:00からスタートで、ビール、シャンパン、日本酒、ワイン、焼酎、、、
ブラジルの焼酎(カイピリーニャ)まで、飲み放題。

そしてメインは肉!
なんて豪快な肉!
牡蛎、ホタテなどもある。04120413

内海さんの石巻直送の生牡蠣は最高!

鉄板焼きの人が隣の薫製に性を出しているので、私もお手伝いで、焼き係に。
肉焼き、焼きそば、ジャガイモと焼いて、、、、

ぺ○ちゃんがジャガイモにはタラゴンだよと、摩訶不思議な葉っぱを振り掛けて、これが最高! ジャガイモには塩胡椒ではなく、タラゴン! 初めての味に酔っちゃいましたね。
なんと終わったのが、16時。
そして、後かたづけも終わり、帰ろうかと思った時、石巻から来ていた○ザリちゃんが、
「サムソン!」と急にハグしてきた。
わぉ、きっと彼女酔っていたんでしょうね。
殆ど話をしたことがないのに、ハグとは、、、、、ちょっとびっくり、嬉しいですネ。
きっと、私の昔話を読んでいたんでしょう。

私も、昨日会食で焼き肉をたらふく食べた。 キリンのビール工場(での飲み放題食べ放題)だから、不味いはずはない。 それでも、今日のBBQの方が美味い。
ま、飲む相手でしょうね。

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2013/04/06

昔話 84 船医

豪華客船以外、今では殆ど乗らないので死語となりつつあるのが、ドクター(船医)である。
日本丸でも、行きの往路だけ乗船してきた船医がいた。 どんだけ頑張っても3ヶ月間は最大120人以上の患者(になる対象)数は増えないので、基本的には暇である。一日に2~3人の具合の悪い人を見るだけ。
こちらが非番の時しか会話できないので、デッキを散歩しているのを見かけても、会話がほとんど無い。 ちょっとぽっちゃりして会話好きのような気もする。 ひょっとして船酔いに悩まされていて、人と話が出来ないのかも?と勘ぐったりする。
と、次の寄港地まで、あと2~3日という時に、特別授業というのがあった。 時間は夕食後の暗くなった時刻。士官に紹介されて始まったその授業とは、、、
「性欲の解消とその弊害(仮題)」
つまり、日本を出港して1ヶ月以上が経ち、我々の性欲が爆発しそうになっているだろうから、次の港で女性を相手に××したら、どうなる可能性があるかを説明してくれたのだ。
色々な性の病の具体例を挙げていただき、最悪の症状はこんな事があるぞと脅かすのだ。
その頃にはAIDSは無かったが、梅や淋しい病気は多かったようである。 やはり、ゴムが防御の一番良い手段で、多くはこれで防げると言うことである。
もし、万が一、かかってしまったら医者のところに来いという。
「どんなのもペニシリンで治るから、、、ただし、患部に注射するから、オ△○△○の先っちょに注射を打つと、それは痛いぞ、、」とか、「下手な女性と交渉して悪性の病にかかると、おしっこの出口が二つになるぞ」とも脅す。
そして、「ただし、発症までの潜伏期間があるから、多分、俺(医者)は目的地で下船するので、その頃では症状が出ていないかも知れないが、」と言いながら笑う。
なんてこった。 ホントに学生をビビらせている。
そばで聞いていた3/O(サードオフィサー)、
「もし、船医が下船したあと、発症が現れたら、俺が注射打ってやるよ」
3/O、それもっとビビルよ~。


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