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2012/09/26

「ノ」


[・・--] 乃木東郷 

「野」というと、イメージは田舎、それも私には、畑とか田圃のように開墾された土地、半世紀前!のイメージです。
今回はそのあたりの話ですが、食前、食後の30分以内はこの先を読まれないほうが良いと思われます。
遊びの道具が無く、生木の枝を折ってチャンバラをしていた頃、畑のそばには野ツボがあって、そのツボにはまるという惨事が偶にあった。私の記憶には1回しかなく、その伝文では、片足とか、下半身とかのレベルではまったと言うことである。その惨事の後は、川へ直行。で、どんなに洗っても、被害はしばらく鼻について離れないそうです。
私どもが「野ツボ」と呼んでいた代物は、野菜への各種栄養素を備蓄・発酵させるツボで、それは、大抵は大きな素焼きの壺に入っていて、溢さないように、地面に埋めてあった。中身はもう強烈な臭いを発する液体である。つまり、人の排泄物であり、普通はフタが被せてあるのですが、偶にはフタがないものもある。
汲み取ったすぐ後では、肥料として強過ぎて、そのまま撒くと弱い苗などは枯れてしまうので、1~2年寝かせ、十分発酵させてから撒くのです。この期間寝かせることを、腐らせると農家の人は言うが、××が腐るとはなんかピンとは来ないですが、臭いが変わってくると言います。私はあまり嗅ぎたくもないですがね。
もう一つ「野」で連想するのが、野ぐ△。これは山の中でしても野▽そ。
そして、子供の頃には、トイレの後始末には、新聞紙が一般的で、大抵のトイレには、新聞紙を8分割ぐらいの大きさ(ほぼA4サイズ)に切って、隅に千枚通しで紐を通したものが吊されていた。
山遊びには新聞紙の様なものを持って出ない。ハンカチすら持たないガキだから、野▽△の後始末は、、、、
トイレの落書きにあるように「神に見放された時は自らの手でウンを掴め」と行くか、「藁にもすがる」とか、でも、下手な植物で処理すると、かぶれたりするので、自宅までそのままというパターンが多かったですね。

→どうも強烈な臭いが伝わってきそうな「野」でした。

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2012/09/23

「ヰ」

[・-・・-] 異動させよう

Dr.と付くのは、博士と医者、なぜかは医者は Dentist と呼ばれ、Dr.の部類には入らない。現在の歯医者は相当な外科手術も施すというのに、ま、これは本題じゃないから「ハ」の項を。
この話の目的は、「イロハ」順にくだらないことを論じること。
だから、「ヰ」に対する医は妥当性があるかどうかが問題となる。 「ヰ」は「わ」行に属するので、発音は「ゥイ Wi」。 しかしながら、現代の日本語では表記されないので、ハッキリとは断定できないが、お隣の韓国では医者のことを「ウィーサ」と発音し、明らかに「ワ」の発音を持つ。従って、今回の「ヰ」については妥当と考える。
では、本題に、、
ある冬のこと、同僚と二人、錦糸町のとあるビルの□階にある居酒屋に食事に出た。
この相方は貝類を一切口にしない、アサリもシジミも食べない。 でも、私は牡蠣が好きだから厚岸産の大きな牡蠣を注文した。 たった3個で、相方にも勧めたが、当然食べない。 私は美味しく戴いきました。 会話は弾み、そこで分かれて帰宅した。
その夜のことだった。 2時頃になって、お腹の調子が急変し、吐いたわ、ゲーリークーパーしたわ、でも腹の痛みは治まらない、七転八倒の苦しみとはこのこと。どっちに体を傾けても痛みが和らぐ気配はない。お腹を押すと横行大腸に水とガスが溜まっているような音。
堪らず、家内に頼んで、夜間の救急外来受付をお願いした。 胃腸科の先生がいないというので、朝の4時半~7時まで、簡易ベッドに横たわり、胃の洗浄だけはやって、後はほっておかれた。
7時過ぎに大嫌いな胃カメラを飲まされ、胃袋を検査したが、アニサキスなどの寄生虫の様子は見受けられないとのこと。 だが、胃が荒れていると言うことで、入院という! 一端 家内は準備のために帰宅した(家内に感謝)。
それから三日三晩の間、毎日点滴である。入院したら、一度は食べてみたいなぁと思っていた病院食はお預けである。 二日目からは元気になり、大丈夫だから、喰わせてくれ!と言っても、許可が下りず、毎日と言っても二日だけど、点滴とにらめっこ。何度頼んでもダメだった。 そして、許可が下りた時は=退院で、結局一食(おかゆ)のみで、、医者って、患者の要望なんか聞く耳持たないんだとつくづく思いましたね。
え、これでは食あたりの話で、医の話とはずれている?
結論としては「医食同源」。食を大事にすれば、医に繋がるってことですな。
余論ではあるが、入院の補償は、5日以上の入院が対象となっている保険では、4日では填補されない。ただ、牡蠣を出した店の店長と交渉、因果関係がはっきり証明されないので、レシート分の金額を返金するという。
従って、入院費は自己負担と言うことになった。

→医食同源の結果はショックな「医(胃)」でした


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「ウ」


[・・-] 疑う

鵜というと、長良川の鵜飼いで有名ですが、飼いと言いながら、漁なんですね。使っているのがウミウ、糞害で木が枯れてしまうのはカワウ、ウミウの方が大きい....というのでは、おもしろみが全然無い。 美味しい話に転換しましょう。
この私も若かりし頃がありまして、会社に入って2年もすれば、一丁前の口をきいたりします。
元来、単独行動の好きな私、一人で間に合う東京への派遣の仕事が多かった。 嫌いではないし、どっぷり船に揺られる道中があり、一種の役得と喜んでました。
私の仕事?
この言葉が当たっているかどうかよく知らないのですが、俗に言う沖仲仕(おきなかし)です。
あの頃は東京湾内に大きなブイが32個もあって、高い岸壁料を払わなくて済むブイ繋留もよく利用されていました。 必然的の交通手段は通船、会話手段は英語、衛生手段は船のトイレ、それが面倒な時は直接海に垂れ流す人もいた(貨物艙の中に自然の欲求を解き放つ不届き者もいた)。 荒くれ者が多い沖でのハードな仕事の後は、事務所に報告を上げ、駅に向かって帰る途中に細い路地があった。そこには少し不思議な一隅があり、立ち飲み屋の様相を呈していて、夕方5時頃から客が入り始め、7時には立つ場所がないほど混んでくる。 この店のウリは鰻の串焼き、それも細い一本串で、まるで焼き鳥サイズ。 昼は鰻丼なんかも出すのだが、一度も食べたことがないのは、言うまでもない(沖からはちと遠い)。 
当時、串焼きが100円でカシラが130円、酒が一杯150円ぐらいだったかな? とにかく安い、美味い。鳥の鵜の話よりは断然 鰻の「う」の方が良いでしょう。
どんなに混んでいても、大抵は少しだけ詰めてもらえる。そこにコップと皿が置かれればOK、こういう窮屈な時は、客同士が譲り合って、みんな「刺身」になります。 多分業界用語でしょうが、みんな体を斜めにして、まるで刺身の盛りつけのように並ぶんです。 これがサシミ状態。 沖の船での荷役(にやく)作業に艀(はしけ)を斜めに並べる所から来ています。
そして、お勘定は串の本数を数えて精算するものだから、勘定をごまかすために、わざと食べた串を下に落とす不届き者がいるんですね。 私が立ち寄る時はいつも4・5本路地に落ちていました。
美味しい鰻を食べて、飲んで、大体は千円でおつりがきた。 え?何で、私のような酒好きが毎日寄らないかって?
その頃、事務所の人から麻雀に誘われることが多かったので、帰る頃は終電間際、当然店は閉まってまして、しまった!また食べ損なった、とおもうことが多かったです。

[麻雀を知っている方へ、別のオチ] ルールは完全先付けなので、チーとも食えなかった。
オチが複雑でうまくなかったですね。
今は、この路地も整地され、鰻の店は別の所に移っちゃいました。そして当然椅子がついた鰻屋になって、串焼きは残っていても、昔の風情がなくなっちゃいました。 ある意味残念です。

→鵜よりもウまい鰻の「う」でした。

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2012/09/17

「ム」

[-] ムー

霧の話では掴み所がなさそうだし、最後に「キリがない」なんてオチが見え見え。だから、同じような掴み所のない夢の話、それも私の頭の中の夢に参りましょう。
この原稿を書いている前夜、しっかりと夢を見ました。うちの長男が夢の中に出てくるのは別に物珍しくないですが、この夢にはちゃんと色が付いていました。 パノラマ フルカラー ん万色と言うほどではありませんが、とあるポイントで、薄茶色と朱色という赤系統の色です。学者先生の話では、大抵の人の夢には、色が付いていないそうで、色つきの夢を見られる人は、何割かの少数らしいです。私が色つきの夢を見るからと言っても、青色系統の夢を見た記憶がありません。 一度で良いから、フェルメールの絵の青のように、透き通るような碧色の夢が見てみたいですね。
これまで、色々な夢を見てきましたが、一番インパクトのある夢の話をします。  それは、、
高くて赤い 火の見櫓 の上から(私が)、ムササビのように舞い降りて地面を滑空し、家の居間に入って、そこにあった蜜柑を食べる。
って、ありふれた夢でしたが、色彩的には凄かったです。
黄色の蜜柑の皮を剥くと、中に入っていたのは、エメラルドのように透き通った緑色の果肉! 凄くみずみずしく、その色合いは、現実離れした緑色!
どんな味がしたかって?
残念ながらお伝えできないのがたまりません。
夢のなかでは、色つきの視覚はあっても、味覚がついてない。
ちょっと味気ない夢の中のいわば死角ですね。
私には、夢の中に嗅覚もない。........五覚が揃っている人っているのかな?

→♪夢の中へ入ってみたいと思いませんか? ウフフの「夢」でした。

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「ラ」


[・・・] ラムネ

「らせん階段」の様に平仮名で書かれる「螺」、普通はめったにお目にかかれないが、仕事の関係で知った会社に螺の字のついた社名が結構ある。 ネジ(螺子)となると、呼び方が「ら」出なくなるが、この螺子にはよくお目にかかる。
螺子は二つ以上のものをくっつけるために使うものですが、その種類たるや、用途に合わせて千差万別、数限りなくあるわけですから、それを作るメーカーも数限りない。社名に螺子が入っていても不思議じゃないですね。
私が最初に螺子に出会ったのは、ほんの小さな餓鬼の頃、白いξ湯気ξがもうもうと立ち上がる中、黒っぽい一本の太い螺子がまっすぐ上に伸び、回転するたびに下になった板を押しつけてゆく。
板の下では袋から汗のように流れ出る白い汁。
一度ではもの足らず、二度も押し込んで、大きな桶に汁を溜めます。 熱いうちにかき混ぜて、魔法の透明な汁を加えると、たちまちのうちに白から乳白色に変わって、固まってゆきます。
兄が丼を差し出すと、母がそこに固まりかかったものを入れてくれます。
これに醤油を少しかけると、メッチャ美味しい半熟卵のような豆腐です。
だから、「何喰ったらそんなに大きくなれるの?」と聞かれた時にはいつも「豆腐ですョ」と笑って答えてます。
アレは、そこそこ我が家を支えた強い螺子でした。
今は、その大親方のような大きな螺子に悩んでいます。
と言うのも、せっかく買ったナットが螺子(ボルト)に嵌っていかないせいで、大問題。
寸法を測っても嵌るはずなのに、嵌らない。
たかがナットと言う無かれ、このナットのお値段、ベンツが一台買える値段なのだ。
旦那には、どうすることも I can ナット 状態。

ξ→ これは螺旋状ξに落ち込んでいく旦那を描いているの「螺」
はだかの「裸」を期待したあなた、、、次回をお楽しみに、、、


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昔話 77 ロス入港


針路をだいぶ東寄りに変針して、ロサンジェルスの港、ロングビーチに午後入港です。
大きな帆船がロングビーチに入港するのは滅多にないことなのか、針路の両脇にヨット、クルーザーなどがかなり集まってきています。今日は平日なのに、30隻以上はいますね。とっくに帆は畳んで、機走していますので、航海当直も気軽なもの。入港配置がかかったすぐ後、左弦後方から近づいてくる船があります。2本マストを揃えたブリッグと呼ぶべき船形?フォアマストに横帆がついた船である。さらに船尾のプープデッキにはなんと旋回砲が備えてある。口径は野球ボールぐらいだが、その昔には、鉄くずなどを弾代わりにして、敵の斬り込み隊や反乱に備えたものであろう。アメリカだから、現代でもこういった武装が許せられるのでしょうね。
見ていたら、パーンと旋回砲をぶっ放した! 歓迎の祝砲としても、聞く方としてはブッたまげた。
そしてデッキの上には、金髪のお姉さんが水着で、こちらを見ている、、一ヶ月以上、女性と接していない二十歳過ぎの学生には凄い刺激! 衝撃は祝砲よりもこちらの砲が大きい!
そんな学生(士官も)の垂涎の的となったことを知ってか知らずか、ツンと視線を左にして、船と共に離れていった。アメリカに来たぞという気持ちになったのは、この金髪娘を見た時でしょう。
船のほうは、タグボートに押され、あっさり接岸してしまった。当番に当たっている班員だけがタラップを降ろし、ネットを張るため、岸壁に降りてアメリカの大地を初めて踏んだが、私は大地に降りる前に実感してしまった。

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2012/09/05

浅草だ!サンバが熱いぜ、イェ~イ!

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夏だ!、浅草だ!、サンバだ!
朝起きてすぐ、そんな意気込みになる。昨日、左膝から水を抜いたせいか、足も軽く感じる。Pap_0000

駅を降りる前から、衣装を持つ人たちがチラホラといる車内、改札を抜けるとそこは アサク~サ!とテンションが上がる。
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チームの集合場所である、浅草公会堂までの沿道は、既に場所取りの人たちが、詰めている。まだ9時だというのに熱い情熱ですね。
9時に衣装の最終チェックをしたら、アレゴリア(山車)の最終飾り付けのため、浅草寺裏に急ぐ。そこには参加チームの様々なアレゴリアがほぼ形を整え、出番に備えて準備真っ最中。記念撮影をする人たちも多い。今日一日限りの晴れ舞台だから仕方ないでしょう。私もその一人だし、。
昼に飾り付けが終わると、ちょっと一息入れて、食事と着替え、女性達は入念な化粧の時間。12時30分に最終ミーティングのため、待機場所に移動する。浅草寺とは衣装のまま境内を通らないことがお約束ですから、着替え場所→待機場所も遠回りに移動する。注意を受けると、採点の減点対象となるから、皆さん厳重に守っています。

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13時50分我がバテリア(打楽器隊)は、音だし練習場所の浅草小学校に向かい、そこの体育館で、他のチームと順番にリハーサルを行う。まだ、心は平静心。
最終練習が終わった後、次は駐車場の横で待機。水と氷の補給を受け、ホッと一息していたら、一人のスルド(大太鼓)の皮が破れているではないか? 大あわてで控え室から皮を取り寄せるべく、メンバーが走る。その間にも、じりじりと出番の時刻が近づいてくる。
スタート地点までゆっくり移動した15時半頃、皮の張り替えも出来て、調音作業も終了。Img_309

そろそろ時間だ。みんな緊張でドキドキしている。友人達が応援がてら、写真を撮っていくが、シャッター毎にテンションが上がっていく。16時、そこに大音量でチーム名が叫ばれると一気に最高のテンションになった。
チームのテーマ曲に続き、エンヘード(今年テーマの行進曲)が入り出すと、歓声が止まらない。そして我がチームのパレードが16時6分、動き出す。
チーム最初のダンサー達の後にアレゴリアが続き、その後にも別のグループのダンサー達が続々と続く、スタート地点でまだ動き出せない我々からは全然見えないが、前方からも、トラックに積んだ大きなスピーカーからの音が聞こえる。こっちの出した音を無線でとばしているんですね。
我々のバテリアが動き出し始めた。すぐ後には、やはり大型トラックに積んだスピーカーから大音量の曲が流れる。その後にもダンサーのグループ、そして3人のダンサーが車上で踊るに大きなアレゴリアがチームの最後に続く。
日差しは暑く、すぐ喉が渇くが、歌いながら、楽器を叩いてのパレード。すぐ近くに沿道のお客さんの顔が見える。それも鈴なりになっている。
神谷バーの角まではあっという間に過ぎたが、雷門前の審査員席の前は慎重に、でも、笑顔を絶やさないようにして、楽器(アゴゴ)を叩く叩く、これでもかこれでもかと叩く。楽しいぜ~、ワイルドだろう?
陽に焼けるようにして歩いた50分、振り返るとあっという間だった。500のスポーツドリンクもあっという間。何しろ凄い、と言うのが浅草サンバパレードの印象です。
終わった後は、アレゴリアを浅草寺裏まで持って行き、そこで解体、トラックに積み込む。他のチームでは解体業者に任せるところもあるが、10万円以上かかるので、我がチームは自前で解体にした。
気だるさと、達成感が同時に体を襲う。打ち上げ会場まで一駅。広い店舗も貸し切り!みんなと酌み交わすビールがメッチャ美味い!Img_312


そして、結果発表。浅草に出るまでに二年。頑張った甲斐があって、我々のパレードが総合三位になりました。勿論みんなで抱き合って、大喜びです。
ろくにリズムも刻めなかった私が、ここまでこれるとは、、、演奏は二位の評価(これも凄い)。 来年は更に頑張るぞ~。

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2012/09/01

「ナ」

「ナ」[・-・] 習ろうた

私は、とあるジャズピアニストから、「旦那ぁ」と呼ばれる。
勿論、うちのはそんな呼び方はしない。 (あなたとも呼ばないが、、、)(。・?_?・。?)
この「那」の字、辞書を調べても、意味がハッキリしない、強いて言うと「様・殿・さん」のように、名前の後につけていたようです。
「旦那」の他に「支那」「刹那」などに使われている。 「刹那」はごく短い時間のことを指していて、1刹那=1/75秒にあたるとも言われている、(桁表現では10のマイナス18乗。凄く小さな数字) 短い時間である。
人が死ぬ時、過去の一生を走馬燈のように思い出すと言うが、いくら何でも1刹那では無理だろ? 数秒か? とてもじゃないが、半世紀以上生きてきた旦那には、思い出すのも何時間もかかるという物。 決して数秒では思い出しきれないはず。

旦那も多少の悔いもあるが、楽しく、お気楽に過ごしてきたと思う。
こんな事を書くと、老い先短く感じるだろうが、まだまだ。
七つの海の三つしか渡ってないし、
2大陸にしか足で踏んでない。
やること一杯あるので、あと残り半世紀の寿命で、やりきれるのだろうか?
あらら、そんなに生きるつもりかョ?
そう、太く長くなのだ。(何が?)
先日のように愚痴を言いつつも、楽しく生きようぜと声を張り上げていますが、声が枯れかかってる。 年金生活までもう少しだが、それ以上働けることを願っています。 
でないと死ぬ時は無一文。 
この旦那浪費家だからな、、、私が小金残して、先に逝ってくれるかどうか心配なんですよネ?
本日の瞑言、「虎は死して皮を留め、人は死して名を残す。旦那は死んでも名んも残らない。」

→ 那って、よく意味が分からない「那」でした。

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「ネ」

「ネ」[--・-] ねぇもう寝よう


昔、TVで「ルーツ」という番組を放映していた。
殆ど見ていないので、詳しくは説明できないが、ある黒人が自分のルーツ祖先はどこから来たのか? それを辿る旅のストーリー。
生憎、黒人だったので、奴隷売買の現実があり、ルーツ探しも苦労したとか、、、。
で、私のルーツは?というと、母方はとある都市の西方に暮らしていた事が判っているが、父方は判らない。
この場合、何処の馬の骨か分からん様な奴と、形容詞が当てはまる。 すると、私は何処の馬の骨か分からん馬の骨の子!
確かに生まれた場所が「洗馬」という地名だから、BINGO!
それも今では、すっかりこの関東の西方に根を下ろし、人生の半分以上を過ごしていますわ。
これは、動物でも根が生える良い例?でしたね。

しょく物なら、根菜の代表例である 大根をとって見てみると、どこから根で、どこからが茎か判りますか?
細かなひげのような根が生えているところが根、生えていないところが茎と言ってますが、そんな難しい御託より、生えている時に土の中にあるのが、根。地上に出ているのが茎と考えれば、簡単。
人参や蕪もそうだろうな、、 でも、サツマイモは地下にあって地下茎というから茎? 穴の開いたレンコンさんは?蓮根だから根?
こういう問題は気にかかる。
一番気にかかるのはアレ
頭の薄い旦那にとっては、髪の元の毛根。 どっから髪で、どっから毛根かは全然気にしない。
毛根の活力だけが頼りの毎日、
「おう神よ、もっと髪をくれ」 (←トイレではこの台詞は禁句) (笑

→毛根の「根」でした。


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「ツ」

「ツ」[・--・] 都合どうか

TVでよく耳にする「全国津々浦々まで...」という言葉がある。
この「津」という漢字は港を表し、「浦」は入り江を意味しているという。
つまり人が住んでいる海岸辺は総てと言うことで、全国の隅々と言うことですが、山間の山村、沢などは含まれていない?
ふふふ、それはさておき、この旦那も日本各地を津々浦々と回っている。行ったことのない県はごく僅か。 残り少ない(多い?)人生、総ての県を旅したいと思っています。
旅の道中も楽しいですが、その場所、地域での食事が一番記憶に印象的に残ります。
a7月 ホロ酔いウォークでにぎわう温泉街で、飯坂の駅のすぐ東側のお店でいただいたお寿司。b2月 能美の牡蛎まつりで戴いたドラム缶の上の焼き牡蛎、c2月 雪祭りが終わったススキノで戴いた焼きタラバ(これは家族全員で)、d9月 宇奈月ながら戴いたホタルイカ(解凍)。 なんと卑しい思い出だろうか?
さて、ここで賢明な皆さんに、県名当てクイズ! 一生懸命考えてね
上記 a b c d の都道府県名は何処でしょうか?
簡単すぎたかなぁ。

では、次はスペシャル問題。ちょっと眺めの説明文、e
『ボンビーな旦那、大学を受けるのも私学は絶対無理。一浪△、二浪×が条件。
通学に2時間かかるが、通えるという好条件の大学を受けた。駅歩10分の最高立地。当時は倍率15倍の超難関学科。駅で食べた「たぬきうどん」が、塩っぱく、辛く、試験結果も辛いものになりました。ここのうどん、平べったくないので、最初、変なうどんと思いました。この辺りから、出汁の色が、醤油の黒から黄金色に変わりますし、キツネとタヌキの取り扱いが違ってきます。。』

e のスペシャル問題、正解者には、特別に褒めてあげます。
判ったかな?
学科は電気。今の時代、電気の判る人が少ないのに、どうして、大学を蹴飛ばされたか判らない旦那です。

→テーマがテーマなダだけに、見え見えの「津」でした


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「ソ」

「ソ」[---・] 相当経過

物質の元の素が元素と小学校で教えられ、そのうち、元素は陽子と電子、中間子から出来ている。そしてパイ中間子があるわ、ニュートリノやら、何やらの素粒子でできているだの、ついには、最後の素粒子が見つかったとのニュースも流れてきました。
しかし私ら凡人にはよう判らん。
ウランに中性子を当てると、中性子が次々にポンポン飛び出して、ネプツニウム、プルトニウムに元素が変わるって??、ほんでもって、中性子の数が少なくなっても、原子番号が増えるって、、どうして増えんねん、元素がくっつき会うと化合物になるというが、これもよく判らない。
先日もNa2SiF6(ケイフッ化ナトリウム)という訳の分からんもので事故があった。事故の内容は、
Xさんがよく顔を出す、余所の事務所に立ち寄った。そこには誰かさんのお土産があると機器及んでいたためである。
机の上には、26g入りの赤い小袋が9袋あった。 口に入れてみたが、何ともおかしいので、吐き出したが、それでも気分が悪く救急車に乗った。
そのままXさんは夜遅く、帰らぬ旅路に出ることになった。
この化合物は、耐火凝固遅延剤とか言うものであるが、劇薬。 何でそんなものを机の上にビニール袋に入れて、おっぽっといたのかも不明だし、何で口にしたのかもよく判っていない。
惜しむらくは、最後に苦かったのか甘かったのか教えて欲しい、、なんて言うのは不謹慎かも知れないが、毒として注意するためにも聞きたい。
さて、同じNa塩であるグルタミン酸ナトリウムは、旨味の成分といわれ、これを商品名、社名にしてしまった「味の素」世界中で使われているので、ボロ儲けの感じがあります。
味の素はサトウキビから取った糖分に酵素を加えて作ります。 何でラム酒にせんのか、飲んべえなら疑問にも思いますが、料理が美味しくなれば、良いのでしょう。
この旨味ですが、旨味には上限があって、一定量以上は味の変化がないそうです。それどころか中華料理店症候群(CRS)なんて症状が現れることがあるそうです。
中華料理店から出てきた人が、とたんに気分が悪くなったりしたため、このような名前が付いたそうです。確かに中華料理屋ではよく使いますからね。
もっとも、このCRSの原因が本当に旨味調味料だったのかどうかは賛否両論の検証データがあり、どちらともいえない状態です。
昆布から出しをとるという手間がいらずに便利なものですが、やはり天然の動植物からとったものが一番です。
古い話ですが、ある娘のお母さんは、どうぞといって漬け物を出してくれましたが、パラパラと味の素を雪のようにかけたではありませんか!
その味の素を振り払っても、まだじゃりじゃりする漬け物を、本当は苦虫をつぶした顔を無理矢理笑顔に変えて食べた勇気、褒めてやって下さいませんか?

→詰まらぬ事で、もめたくないと思う勇気を与えてくれた味の素の「素」でした。 (もと)じゃなくて(す)と読んでね

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