« 2010年1月 | トップページ | 2010年3月 »

2010/02/25

千円のカード

会社の健康保険のカラミで、年に一度、常備薬を補充しているが、、、
今日、封書が来ていた。

「お詫びと..........
お客様のデータが入った、USBメモリーを紛失してしまいました。
僅かではありますが、....」

なんとクオカードが1枚入っていた。
昔なら、テレホンカード、
今はクオカードで謝罪してきた。

まだ、全然振り込め詐欺のお誘いは来ていないんですが、
戴けるものは貰っちゃいましょう。

多分、紛失した人は、良くて減給、悪けりゃ首でしょうね。
世の中便利になったが、恐ろしくもありますね。
うちの会社は、暗号かけないとUSBにデータを移せないようになっている点、少しは安心してます。


うちの引き出しの中にテレホンカードがごっそりありますが、
なかなか使えてませんわ。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2010/02/21

昔話 64 風呂と洗濯

帆船の水のタンクはたかが知れている。 容量は200トンあるだろうか?
「日本丸」に乗り組むのは、教官・士官が十数人、本来の乗組員が十名ほど、それにトレイニー練習生が80人ほどだから、総勢100人を少し超える訳だ。 100人の食事を作る時、米を研いだり野菜を洗ったりすると炊事だけで1トン以上必要でしょう。 航海予定と予備を考えると、2ヶ月、60日分は最低必要でしょう。 すると、一人当たりの使える水は少ない。
飲み水だっているし、風呂や洗濯も、、、
優先順位は、飲み水、食事用、歯磨きなど、風呂、洗濯、トイレ、、、、と言った順だろうか? その中で海水でも良いのは、トイレとお風呂か? 

現実は、トイレの流しは当然海水で、風呂も海水であるが、上がり湯は清水でないと体がべとつく。 そこでお風呂の浴槽の脇に上がり湯用の水槽(お湯)があり、洗面器で汲んで、頭に少しかけてシャンプーする。 次には頭に海水をかけて流し、その後、清水で流す。 そして体に少しずつかけ、最後に手ぬぐいを洗って、体を拭く。 バスタオル?そんな贅沢なものありませんョ。 これらの入浴の一連の流れでは、何人か同時に入るので、清水の使用量は相互に監視している。 洗面器3杯も使おうものなら、罵声が飛んでくる。 後のほうになると、水槽の底の方にわずかに残った水を必死ですくい上げることとなる。

そんなお風呂も週3回(だった気がする)。 2日以上お風呂が入れないで過ごす。 入浴の曜日と時間が決まっているので、その時にワッと入る。 ワッチで疲れたと言って、入らないと臭い体がプーン、鼻つまみ者になる。

そして、洗濯は日曜日にある。 班毎に時間が決まっていて、大きなタライに水を40~50リットル入れて、その水に浸した後は、石けんをつけてもみ洗いやら、洗濯板を使う者、デッキの上で踏み込んだりして洗う。 すすぎもタライの水を使うが、次第に汚れてくるので、必ずしも綺麗な水ですすげるとは限らない。 最後はドロのようになり、新しい水のタライに切り替えることになる。
そのタライも全部で6個、これが学生に割り当てられた量だから、一つのタライで13~15人が使う計算である。 合わせると約300リットル=0.3トンの消費である。
水の大切さをしみじみと味わう帆船での航海である。 現在の船の多くは、海水から清水を作る造水器が装備されており、清水の使用制限などあまりないが、帆船に乗り組むのは、この水の大切さを学ぶことも一つの目的と思う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

彼氏!

土曜日、その彼氏は来た。

歓待する気持はなかったが、母親は餃子やら煮込みやらを準備していた。
玄関で、先にドアを開けたのも母親、私が玄関先で挨拶を受けようと思っていたのに。
しょうがないから、リビングに通し、お茶を勧めたが、、、、
相手は、最初から酒を酌み交わしたかったようだ。 お酒持参である。
見ず知らずの人からいきなり酒をと言われても困る。
1時間半ほど話をしたが、良くぺらぺら話をする奴だ。
無口な俺には合わない。

そうこうするうち、隠しておいた「越乃寒梅」を母親が取り出してきた。 しょうがないと腹をくくって飲むことにした。
食事も出した。
ついでだから、旦那特製のキムチも。
美味い美味いと言うが、お世辞丸見え、、、

長男もつられて飲んで、飲み出して3時間でOUT。
奴はこの旦那に付き合って、更に1時間。
見ると「越乃寒梅」も空き、奴の持ってきた伏見の酒四合瓶も空いている。 合わせて14合。
ではとっておきの薩摩の焼酎「黒瀬杜氏」を出した。

焼酎に梅干しと言うかもと思い、自家製梅も出してやる。

ちょっと飲み過ぎ?

旦那としては、グラスが空になったら注いであげてるだけ。 決して薦めてはいない。
大体、挨拶に来るんなら、挨拶とせいぜいお茶で良かろうが、、娘の父親という立場は何とも複雑。
いつかは誰かが来ると思っていたが、心の整理はなかなかつかない。

最後に「娘を泣かすようなことがあったら、ぶん殴りに行くからな!!」
とだけは言っておいた。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2010/02/14

箱根の山は銀世界

晴れているとはいえ、気温は10゚以下
娘と二人で完全防備で出かける。

しかしマジ、寒い。
厚着して通った厚木では、白バイとしばらく併走、へいこらしましたわ。

最初の休憩ポイント、小田原PA.
寒そうな姿のハーレー乗りのオッサンとご挨拶。
ほんとはしたかねえぇの表情を見せる娘。

トイレ後は
箱根越えであるが、遠目には雪山に見える。
そうだよ、実際は両側に雪が積もり、たまに枝から雪が落ちる箱根新道。
恐る恐る、5~60㎞/時でのぼってゆく。

バックミラーから見ると、娘が必死についてくる。
お、これぐらいは大丈夫か?

Hakone1Hakone2

峠では、雪のポルシェが大集合していたが、みんな寒そうである。
ほんと、サムかった。
指先を温めてから、下ってゆくと三島である。
気温も上昇、カーブが気持ちよい。

Unayusi0
ここで、近くに住んでいる息子と再会、お目当ての鰻「うなよし」で、3人仲良く食事とする。
「美味い!」
味は、こっちだが、焼き加減は、昨年行った「桜屋」の方がよかった気がする。
向こうの鰻はトロトロに柔らかかった。

お茶の後、3人でしばらくツーリングしたが、いかんせん、お兄ちゃんは原付。
あっという間に1号線の彼方においてかれた。
やはりか。

美味しい鰻に堪能することで時間を費やし、予定の「美保の松原」or「日本平」には行けなかったし、寿司をほおばる時間もなくなった。
桜エビを土産に、一路帰ることにした。

すでに時刻は4時になろうとしている。 そこで東名をとばすが、やはり安全運転を心がけたい。
東名をおりて、先に自宅に寄ったのが6時半、7時返却のタイムリミットにドンぴしゃである。

ハテさて、初めてのツーリングが終わったが、今後も付き合うことになるのかな?
どっちがツーリングしたいのか判らないし、、買っても、借りるのもお金もかかる。

娘の次の要望は何だろう、旦那は今日娘からチョコ貰ってないのに、、、
夕食時のワインを飲んだ時の 娘の笑顔だけで十分に救われているが、、、

| | コメント (7) | トラックバック (1)

2010/02/13

とうとう借りてきたぞ

バイクを2台借りてきた。
Byke1Byke2

赤が親父用、銀色は娘じゃわ、、、

先日の日記のように、明日はこれで、静岡県を走りまくる。

久しぶりのツーリングで腕が鳴るな、、

予定としては箱根を超えて、三島で鰻を食べ、清水で寿司を食う。
金曜日に、清水の人と美味しい寿司屋を相談していたが、日曜日は開いてないという。
それでも、美味しそうなお店を紹介して貰った。
鰻は息子を入れて、3人で食う予定だが、どうなる事やら。

このバイクの2人を見かけたら?、、合図されても無視しますが、ネ。

さて、明日は、気張って安全運転で行こう!!

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2010/02/07

研修よりも食い気か

待ち合わせは、10時15分
なんと中途半端な待ち合わせ時間。
ホーム上だったはずが、改札口前でたむろしている。
やっぱり背の高い目印が必要?

案の定、電車は1本遅れで、横浜に向かう。
地下街を抜けて、会場のホテルに行く。
研修というのは名ばかりの講義があり、休憩を挟んで食事会の始まりである。

5


落ち着いた所で、「獅子舞」と「合唱」、そしてカラオケ、、、。
各地区 順番で、余興をこなしていく。
うちの地区は、この旦那だが、あまり芸はないので、やっぱりカラオケをする。

10 (← このおっさんは、××区の区長! いくら上手くてもそんな曲聞く耳がないよ~=^_^=)


私は、気持ちだけ若く、「My Revolution」にした。
あはは、手拍子もあって、大分うけましたね。
会場の8割、9割以上が、60過ぎの人達には、歌詞も知らないだろうに。
1割はよく顔を合わす人達で若い女性、、彼女たちの顔にはホッとした表情が見られる。

3


さて、こういったホテルの料理は中華が多いですね。
私たちのテーブルの人達は、料理を楽しみつつ、
これはなんの肉?、う~んコンソメに和風出汁混ぜているようですねぇ
アスパラの根本かな、アワビにエリンギが混ぜてあるとか、、完全に分析モード。
やはり、老人の食事会の参考にしようとしている。
民生委員ならではのお食事ですわ。
私としては、分析よりもレシピが欲しい。

PS. とうとう来週は娘とツーリング。 予約も入れた。
日付は14日の朝から晩まで、、、


(つまり、娘にどんな彼氏がいても、チョコレートを渡す隙は与えないぞ)

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2010/02/06

昔話 63 出航

東京は詰め襟の学ラン、神戸は紺色のダブルのスーツ。
これが冬の制服である。
76_0008


10時から出港式であるが、田舎からの家族の送りはない。
ましてや、付き合っていた彼女も、神戸からでは遠い、、、ここは東京の晴海埠頭H2岸壁。
出航前にカメラマンやら、別れを惜しむ家族がたくさん乗り組んでくる。
76_4


「お願いします」と言われたら、ツーショットでも何でも収まるように笑顔をを出します。
でも辛いですね、家族が来ないのは、もっと辛いのが、恋人も来てくれない、またはいない事が、、、、

何回かは、シャッター音にごまかされましたが、「もし恋人がいても、ここまでは来られないだろう」と自分を慰めます。
半年間の別れになると、皆傷心(小心)者になるのは普通だろうと思う。
私なんぞもやはり相当心を病んでました。

そうこうしている内に、全員が後部甲板に集められ出港式の挨拶となった。
出港式も名残惜しい衆目からの耳目を集めたが、H船長の言葉も、私の心には虚ろに聞こえ、何も記憶はない。
出航の前には、船内に密航者はいないかサーチするが、流石に半年もバカ学生と密航をするような人はいなくて、(狭い船内、隠れようがない)
外部が全員下船したのを確認し、午後、学生は作業服に着替えた後、船はH2岸壁を離れはじめた。
この時、号令がかかる。

「総員、登り方用意!」
「かかれ!」

定位置に着くと、バウスプリットの学生が、
「帽をとれ、ごきげんよう、ごきげんよう、ごきげんよう!」
と声をかける。
薄曇りの空と東京タワーが妙に心を騒がせます。
それもつかの間、名残惜しむ間もなく、デッキに下ろされて、お台場の砲城を過ぎ、観音崎過ぎる頃には、空は茜色に変わっておりました。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2010/02/01

22歳になった

娘が、22歳となりました。
従って、大学も卒業(するはず)
前から言っていた、バイクのツーリングに連れて行くこととなってしまった。
22歳まではバイクは禁止にしていたのだが、、、
自分の経験上、事故ることが多いから、、

でも、もうすでに免許を取ってきている。
親父にはツーリングに連れて行けという。
確かに娘一人でのツーリングは危険だわな。

しょうがないなぁと、
この寒い中、2台で行くとすると、、、

横浜から箱根越え、
そして三島で美味しい鰻を食べる。

美保の松原に行き、景色を眺めては、
お茶をすすって、美味しいマグロのお寿司?

帰りは東名を走って来ますかね。

娘と一緒の旅など、これが最後かもな。
勿論、奥様には家で待機していて貰うョ=^_^=

美味しい話だけ聞いて貰おう。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

« 2010年1月 | トップページ | 2010年3月 »