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2010/01/24

昔話 61 部屋割り

乗船して、部屋が狭いのは判っていたが、片舷の3×4m位の空間に7人(8人部屋)入るわけだから、寮の部屋より狭い。 入り口も狭く、カーテンで仕切りがしてあるが、ここはお辞儀をして入らないと、頭を打つ。
Heya
そして片側に二列、二段のボンク(寝床)、80cmちょっとの幅に180cmの長さであるから、186cmの身長は、入りきらないではないか!
毎夜、ボンクに斜めにかつ、足を少し曲げて寝ることとなった。 寮での時と同じように上の段(入り口側)に決めたが、下のボンクの住人は、「星雲丸」で同じ班であった東京のA君である。この時点では予想もつかなかったが、このA君とは卒業後もご縁があった。
その他の住人では、27歳のお方もおられたな。 千差万別個性的な人たちが集まり、これから半年の間、当直も、睡眠時間もともにするのだからと思うと、ちょっとビビりますよ。
当直もずっと裸足だから、床が木製なのは楽ですね。
だが、空調のダクトからは新鮮な空気が流れますが、換気はあまり良くないし、明かり採りは船の舷側の丸窓(スカッツル)だけで、息苦しさを感じるものがありました。
そして、たばこを吸う人が多く、部屋にはでかい灰皿が置いてありました。 その灰皿は、航海中にも倒れてこぼさないように、25cm四方の木に打ち付けられていて、時々消し忘れの煙が立ちのぼったりして、息苦しさを増したりしてましたね。 
スカッツルは一度開けるとなかなかキチンと閉まらないので、海水が中に入ってこないように、スナップ(古いロープで作った雑巾)を当ててました。
当然のごとく、乗船したその日は部屋で宴会。 体育座りやらアグラで盛り上がりました。
(#^.^#)

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船の昔話」カテゴリの記事

コメント

Samson氏へ
あの居室は確かに狭い、
全てコンパクトでございます。
日本丸二世は僅かに広いようですが…
にゅっと突き出た足にびっくりしたのも
懐かしい思い出でございます。
氏は、エコノミーシンドロームに
おなりにならなくて
よかったのでございます。

スカッツルってはめごろしかなと
思っておりました。

あ、でも、にけねこ、
淡路島に渡る船で、
船底の方の客室にもまーるい窓があったのを
記憶しています。
開閉できるようになっていたように思うのですが、
ペンキで塗り込められていたような…???

投稿: にけねこ | 2010/01/28 20時28分

はめ殺しもありますが、それだと外気が入ってこない。
更には、遮光用の蓋もついていて、色々ありますが、最近は開放感を出すために角窓が多く使われますね。
あの丸窓は頭をつっこむのがやっとでしたから、、。

投稿: Samson♪ | 2010/01/29 07時10分

確かに景色は四角く切り取られる方が、
奥行きを感じさせ、
より広い空間が展開するのでございます。
ですがにけねこには
お船の窓は丸い、
と相場が決まっておるのでございます。
お船の絵を描くとき、
たいていの人間は、
船体に丸を三つくらい並べて描き、
窓のつもりでおりませんか?

投稿: にけねこ | 2010/02/02 00時57分

にけねこ<外から見る分には、丸もいいけど、船の転覆事故などの時は、あそこからじゃ逃げられないので、乗り組んでいる人にはあまり気分が良くないですね。
私は□が良いなぁ。

投稿: Samson♪ | 2010/02/03 00時08分

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