« とんだカレーの汗 | トップページ | 昔話 56 就活 »

2009/11/27

昔話 55 教授L

今でこそ、どこの大学でもやっていますし、下手すると幼稚園あたりから盛んな「英会話」ですが、私たちの時代、外人?と言われる人も少なく、ましてやネイティブの英会話教師などいなかったので、高校でも、日本人の日本人による日本人のための英会話教師ですから、発音は、ほとんどカタカナに近い。 今でもLとRの区別は難しく、苦労しています。

そんな時、ぶつかったのが、このLibby先生、英語しか話せないのかと勘違いした瞬間、日本語の怒鳴り声が聞こえてきます。 どんな授業内容だったか思い出せないですが、苦しく、楽しい授業だったと思います。
人を引きつける魅力があり、レベルに合わせてやる気を出させてくれる先生でした。
試験も当然、リスニングとオーラルですが、厳しいです。 試験に落ちて先生宅へ訪ねていった学生もいるが、たいていはケチョンケチョンに貶されて、スゴスゴと帰ってきましたが、授業以外の時はきわめてフランクで優しい先生でした。 きちんと公私、ケジメをつけて学生に接してくれた先生で、彼のファンも多いことでしょう。
かくいう私はギリギリで単位を取っていたので、こんな回想も出来ますが、あのノーベル賞を取った人は、英語がめちゃくちゃ苦手だったらしく、随分苦労されてたと言う話を聞きました。

船員に英語は必須の要件。 中学・高校6年に加え、大学の数年を費やしてもなかなか上達しない英会話です。 もっと多くのネイティブ教師が中学からいれば、我々の英語ももっと楽にこなせたかも知れません。 私のつたない英語も、彼のお陰で「読解できても話せない英語」から「人と会話できる英語」になりました。
今はもうお亡くなりになりましたが、英語教育に尽くしてくれたリビ先生に感謝です。
ご冥福を祈っております。

|

« とんだカレーの汗 | トップページ | 昔話 56 就活 »

船の昔話」カテゴリの記事

コメント

誰にでも心に残る先生ってあるのでございます。
にけねこも忘れられない教授さんがいらっしゃいます。
にけねこさんちの次女はかろうじて英語がましな成績だった、
そこで英語を活かせる職種を選んだのでございます。
そんでもって今は…、
中国語の勉強をしています。

投稿: にけねこ | 2009/11/27 23時02分

にけねこ<イ尓好!
私は、チョヌン、ハングルゴル コンブ ハンミダ。お互い頑張ろうね=^_^=

投稿: Samson♪ | 2009/11/28 01時32分

いーえ、にけねこは
母国語も満足に話せないおばかねこ…、
日本語の難しさをひしひしと感じるのでございます。

しかし…、
あいうえおに点々は許せる気がするけれど
ギャル文字はかんべんしてほしい!

投稿: (=^・^=) | 2009/11/29 21時08分

にけねこ<あ、勘違いされました?
チョヌン→私は
ハングルゴル→韓国語を
コンブルハンミダ→勉強してます

投稿: Samson♪ | 2009/11/30 00時14分

にけねこの場合、
もうこの歳になったら
語学なんぞ毎日使うのでなければ
頭に入らないのでございます。
仕事上の文献探索や情報処理でいっぱいいっぱい…
アップアップしております。
(´Д`)

投稿: にけねこ | 2009/11/30 18時53分

にけねこ<誰しも同じ、毎日ヘッドホンの中で、うなってますが、なかなか入っていかないんだよね。
歳って言うのがずいぶんな抵抗です。

投稿: Samson♪ | 2009/12/01 07時01分

歳のせい、と言いながらも
誰しもまだまだ自分は大丈夫、まだ若い、
と思いたいのが人情。
しかし、嗚呼!
歯は抜け落ち、髪は白いものがまじり、
首筋には無数の横ジワ。
何かを思い出そうとしても、
アレアレソレソレ病で、
聞いたことはすぐ忘れ、
体を動かそうとすると、
口をついて出る言葉は、
どっこいしょ、もしくは、
あいたたたた…。
こんな時、歳をとったなぁ、
とヒトは思うのでありまする。

投稿: にけねこ | 2009/12/02 22時23分

にけねこ<皆それぞれ歳を取り、記憶やら判断力が衰えるもの。
しわもそう。
ただ、頭がしっかりしている時に、毛が抜けるというのは、辛い。
若い頃にはフサフサだったのになぁ。

投稿: Samson♪ | 2009/12/02 23時18分

Samson氏は波平さん?

投稿: にけねこ | 2009/12/03 20時54分

にけねこ<まだバーコードまでは遠いですよ。
でも薄い。 波平という言葉は恐ろしいですよ。

投稿: Samson♪ | 2009/12/06 23時51分

はじめまして、Samsonさん。

”人と会話できる英語”こそ素晴らしいと思います。
言葉とは、人の心と心を繋ぐToolですから。

投稿: てっちゃん | 2010/02/06 08時10分

てっちゃんさん<書き込みありがとうございます。
中学・高校の頃は、目的もなく、ただただ詰め込んで覚えていただけなので、なかなか覚えられなかったですね。
必要になって初めて重要さが判るのですが、あの頃にはあまり目的意識がなかった。 それが残念です。

投稿: Samson♪ | 2010/02/06 23時06分

リビーさんも亡くなりましたか。
あの世でも相変わらず叫んでるんですかね。
私の想い出は、九州男児、ばかりをえこひいきするな。

投稿: ハリマオ | 2010/02/07 21時25分

ハリマオ<私も事情は知らなかったんですが、mixi仲間の情報で知りました。

投稿: Samson♪ | 2010/02/07 23時27分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/105035/46868804

この記事へのトラックバック一覧です: 昔話 55 教授L:

« とんだカレーの汗 | トップページ | 昔話 56 就活 »