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2009/04/09

昔話 42 シドニーでの晩餐

BridgeOpera

船は、オペラハウスの近くに無事着岸した。
本日(2月3日)は、日本の在シドニー総領事館の招待である、十数人がバスに乗り込んでどこへ行くのか?
マイクロバス? もうちょっと品のいいのが17時過ぎに到着。
担当士官と学生を乗せて、出発した。
船長は勿論、高級先導車に乗り込み先を走る。
Sydny0
車はダウンタウンからオフィス街を抜け、東の高級住宅地へ向かっている。
このあたりは、ちょくちょくマラソンコースとして利用されるようで、沿道の芝生も鮮やかに(昼間見た)なっている。
ほどなく、車は木立に囲まれた領事館公邸へ到着した。
さすが日本の税金で建てられた家、豪華である。 それを言うなら、我々も税金のおかげで船に乗っているわけだから、同罪ではある。
まずはご挨拶をと、当然ながら最初に船長で、順番に入り口の方から領事館の人たちとゾロゾロご対面、握手である。
船長、機関長は領事と別室で会食か? 

士官と我々学生は領事館と席をともにして、士官と副領事?のスピーチの後は待ちに待った( ^_^)/▼☆▼\(^。^ ) チン♪である。 ワインは当然の事ながら、二人の執事達が注ぐ。 
なんと、こんなもてなしは、貧乏人には初めてである。 鯱(しゃっちょこ)ばって、カチンカチンになっていた学生に、あの外人!が、西洋人!がワインを注ぐのである。日本人は西洋人の下と言う感覚があったので、びっくりである。 
料理も出されたが、味など田舎もんの日本人には判るわけがない。 ワインのお代わりは口で言えばいいものを、しっかり空のグラスを持ち上げ、そして、持ち上げて注いでもらおうと思う日本人らしさ≪そこはテーブルにおいたまま注いでもらうのがマナー!!≫だって。

浅ましい日本人学生が残したもの、それは白いテーブルクロスにしっかり描かれた紅いバラのようなワインの染み、赤っ恥である。
しこたまワインを飲んだ貧乏人は、いつどうやって帰ったのか?余り覚えていないのは言うまでもない。 (ちゃんとバスで帰ったのですが....)

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コメント

catわ~、すッごーいsign03
それにしても、日本人は西洋人の下…って、
んな…敗戦まもない日本人みたいこと
おっしゃらんで下さいまし…。
それに、Samson氏だったら、
そうそう見下ろされることはございませんでしょう?

投稿: にけねこ | 2009/04/11 23時49分

にけねこ<敗戦間もない頃に生まれた私が、最初に覚えた外国語が「ギブミーチョコレート」!
なわけないが、西洋≒1級品、日本≒3級品(サンキュウ品)の感覚はありますネ。
確かに立っていれば、見下ろされるのは、オランダ系の外人ぐらいなもの。
日系人なら、座っていても、、、、
立っている西洋人には、勝てませんョ。
気後れしても、ただ酒はしっかり戴きました。

投稿: Samson♪ | 2009/04/12 01時28分

今の日本製品は優れていますね。
高い技術力は、日本人のもつ器用さ、
真面目な丁寧さ、勤勉さに
裏打ちされてますから。

ん?どなたが、
戦後間もないだなんて…、
w(゚o゚)wえ、え~~っ(内場さん風に)!、
うーん、にけねことそんなに変わらないですよ~。
そっかー、にけねこも戦後生まれには違いないのでございます。
今や、“戦後間もない”に分類されるのか…shockorz

投稿: にけねこ | 2009/04/12 21時27分

にけねこ<最近は日本人の勤勉さが疑われていますが、、、一番の下請け工場の技術など高いですね。
あの技術は経験と努力のたまもの。今でも感心します。
ね?
戦後間もないというのは、多分朝鮮動乱の時期にうまれた私などが言われるでしょうね。
(#^.^#)

投稿: Samson♪ | 2009/04/12 22時20分

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