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2008/09/28

昔話 35 奨学金

この頃の学生生活は、苦しいの一言でした。

ろくな仕送りがあるわけでなく、毎日の食事にも困る、、学生寮の食事代は7,000円/月でこれが一番痛い。 一日300円の食費も月には9,000円となり、これを一括で、食券を買わなければならない。 朝の30円の記憶はあるから、確か昼・夜とも135円で一日300円。

なぜそんなに安いのかというと、お米は、桜のマークが入った袋から出ていた。 多分、政府支給米でしょう。 カビが生えているわけではないが、ご飯はベチョッとして、冷めると餅に近くなる。 部活で遅くなると、お茶をかけて流し込むことも多くなります。
玉子をハンバーグ状の挽き肉でくるんで揚げたものを、2つに割ったヤツが欲メニューに入ってましたが、冷めると喰いづらかった。 ソース味とお茶は合わないですねぇ。

生きていくためには、食べなきゃ。 それもお金を出して、、、、、この頃の大卒の初任給が4万円ほどでしたから、この食費はでかい。 学費は年間3万3千円だから、どれほど学費が安かったか。 
奨学金は、優秀な人は、月1万円の「育英会」で支払い免除。 私らは、誰でも申し込んで、皆受けられる海事関連の奨学金7千円/月。 貧乏人のバカには有り難いこってす。 返済は卒業後に就職してからで良いんですが、7年ほど時間がかかります。 当然のごとく結婚してからも払い続けました。

奨学金がなければ、生活は成り立たなかったのでしょうね。 朝の辛いバイトも、時給にすると750円ですが、毎日すると授業は眠くなるし、体は疲れるし。

で、乗船中は?
食費は国持ち、ただでしたから、奨学金はそっくり懐に、、、いえ学費の足しにしました(立て前)ですね

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コメント

catSamson氏の後輩にあたるにけねこの知り合いは
家庭的な事情から奨学金を受けていました。
月に一万円ほどおりていたそうです。
けれど教科書である高い専門書を買うのに苦労していました。
その人は結局大学生活を続けることができませんでした。
にけねこのうちは普通の共働き家庭、
特に大金持ちではなかったけれど
何の苦労もなく勉強さえしていればよかった環境を与えてくれた両親に
心から感謝しております。

投稿: にけねこ | 2008/09/29 19時16分

にけねこ<そういう話を聞くと心が詰まりますね。 私もそうですが、アルバイトしながら、学んでいた学生は多かったですよ。
裕福な家庭では、きっと海の路なんぞ選ばなくて、自宅から近い所へ行ったでしょうから。
あの頃、受験生が多くて、何処の国公立も、狭い門でした。
私の友人も、国公立すら受験させて貰えず、学力がありながら、就職した人がいます。
悲しい時代でもありました。

投稿: Samson♪ | 2008/09/29 23時29分

catこの時代、裕福なおうちの子たちは
ワンルームマンションみたいなところを借りて
優雅に暮らすみたい。
にけねこさんちのお嬢Sは
下宿させる費用などあるはずもなくお稽古事の都合もあり、
自宅通学限定。

投稿: にけねこ | 2008/10/01 19時25分

にけねこ<うちの家族も自宅通学で、かなり遠いところまで通っています。

投稿: Samson♪ | 2008/10/02 23時26分

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